あっという間にワールドカップの開幕が迫ってきた。日本代表チームは4月〜5月に日本と欧州で最後の仕上げに入った。この段階でトルシエ監督が「新しい試み」をしていることに不安と批判の声も出ているが、これは監督が選手を掌握した自信の表れと見ることもできる。
柳沢の右サイド
「きょうの試合で何にびっくりしたでしょうか。私のほうから記者の皆さんにお聞きしたい」
4月29日に東京の国立競技場で行なわれたキリンカップ、日本対スロバキアの試合のあとの記者会見で、トルシエ監督は、こう切り出した。
「きょうの日本代表の新しい布陣をどう思うか」という意味である。
この試合で、トルシエ監督は、もともとはストライカーの柳沢敦を右サイドに起用した。守備のポジションからタッチライン沿いに攻め上がる役目である。ゴール前は西沢のワントップだった。
開幕が1カ月後に迫ったこの時期になって、最前線のエース・ストライカーを右後方のポジションにコンバートしたのは、確かに「びっくり」である。
この布陣を前日に練習したあと、柳沢は「オプションの一つでしょう」と話している。本来の布陣のほかに、場合によって選択できる、いろいろなやり方を試しているんだろう、というわけである。
「新しいトライをするには、遅すぎるんじゃないか」とある記者がトルシエ監督に質問した。「あと1カ月しかないんだから、やり方を固めて仕上げをする時期じゃないか」という批判をこめた質問である。
これは突き詰めて議論したら、なかなか興味深い問題である。メンバーを固定して決まった戦法でワールドカップを戦うのがいいか、選手の能力を信頼し選択肢を増やして柔軟に戦法を変えるのがいいか、という対照的な考え方だからである。
俊輔の復活
この試合で中村俊輔はトップ下に起用された。もともと、内側でボールを受け、一瞬の判断で、どちらの方向にでも短いパスを出すことができるのが得意である。またゴール前へ切り込んでシュートを狙うのが好きである。
その俊輔をトルシエ監督は、日本代表では左サイドに回して使ってきた。サイドでは、守備の比重が大きい。そして逆サイドへ長いパスを送らなければならない場面が多く、遠くを見る能力が必要である。また最後方から最前線に一気に駆け上がるスピードも要求される。俊輔の個性は、必ずしもこういうプレーには向いていない。
しかし、サイドから内側にドリブルで切れ込むプレーが必要な場合もある。そういうときには、サイドプレーヤーとして俊輔の才能が生きてくる。それに、正確で技巧的な左足の魔術師のキックはチームにとって貴重である。
というわけで、トルシエ監督は俊輔をどのように使うかを、長い時間をかけて試して来たのではないか。
スロバキア戦では、久しぶりに内側で起用され生き生きと活躍した。
「俊輔復活」という感じだった。
38分の日本のゴールは、俊輔が右サイドで西沢に送ったパスから生まれた。
俊輔はボールをとって一度ころんだが、すぐ立ち上がって西沢にみごとなパスを送った。西沢がドリブルで突き進んでゴール前へ通したボールに敵味方が殺到してもつれ、西沢が押し込んだ。
新布陣図の試み
後半15分ごろに、トルシエ監督は布陣を組み替えた。左サイドの三都主に代えて鈴木隆行を出してツートップにし、三都主が退いたあとに俊輔を下げた。俊輔はフル出場して二つのポジションをこなしてみせた。
こういう試行錯誤のような試みを、開幕1カ月前の時期にやっていいものかどうか、というのが議論になりそうなところである。
この2週間前、4月17日に横浜国際競技場で行なわれたコスタリカとの試合でも、トルシエ監督は布陣についての「試み」をしている。
この試合では、右に市川、左に三都主と両サイドに攻撃的なプレーヤーを並べた。それまでの試合では、一方のサイドには守りの得意なプレーヤーを置くのがふつうだったのでこれは「新しい試み」だった。
後半、日本が先取点を挙げてリードしたが、30分すぎにコスタリカが同点にした。若手の黒人のパークスが個人技で左サイドを突破した。
そのあとトルシエ監督は、両サイドを守備が得意なプレーヤーに入れ替えて、守備ラインを4バックにした。右から波戸、松田、中田浩二、服部である。トルシエ監督は就任以来、守備ラインはフラット3で組んでいたので、これも「新しい試み」である。
こういう「新しい試み」を、この時期にできるのは、トルシエ監督が選手掌握に自信を持ったからだと、ぼくは見ている。固定したメンバーと戦法で突き進むのでは、ワールドカップでは勝てない。選手を使いこなして柔軟に戦うのが正解だろう。
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