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サッカーマガジン 2002年5月1日号
ビバ!サッカー

ワールドカップ史への異考I
ペレの跡を継いだスターは?

 ワールドカップの歴史には。数々のスーパースターが、ちりばめられている。そのなかで、ひときわ大きく、長く輝いているのは王様ペレである。1970年代以降「ペレの後継者はだれか?」が大会ごとに、一つのテーマとして語られてきたが、その答えは出ていない。

ペレの後継者は? 
 1970年のメキシコ大会のときに、グアダラハラ郊外のブラジルのキャンプで記者会見を取材したことがある。ブラジル式の記者会見は、広い庭に選手たちがばらばらにすわっていて、記者たちがてんでに取り囲んで勝手に話をきくというスタイルである。司会者も通訳もいないから、ポルトガル語が分からない記者には、ちんぷんかんぷんである。
 王様ペレを取り囲む記者の輪が、もちろん、断然多かった。 
 「あと何年、プレーを続けるつもりか」という質問が出た。 
 ドイツ人の記者がポルトガル語と英語を話せる記者に「ペレはなんと言ったんだ」とたずねた。「あと2年は続けたいと答えたんだよ」と、その記者が通訳してくれた。 
 ドイツ人の記者は興奮して「2年か! 次のワールドカップには出ないということだ!」と叫んだ。4年後の開催地は西ドイツだった。 
 「なるほど」と、ぼくは、はじめて気が付いた。「ペレがいつ引退するかが、いま世界のサッカーの大きな問題なんだ」 
 「ペレの後継者はだれか」が、それ以降、ワールドカップのたびに語られるようになった。      
 ブラジルでは、ジェルソン、エドゥー、ジーコなどのスターが次々に出て「小さいペレ」「白いペレ」などと呼ばれて期待を集めた。ロマーリオにも、ロナウドにも、ブラジル人は「ペレの幻影」をかぶせているのではないかと思う。 
 しかし、ペレほどの圧倒的なスーパースターは、まだ出ていない。

きらめくスターたち
 ペレのほかには、飛び抜けたスーパースターがいなかったのかといえば、そうではない。
  1974年西ドイツ大会では、西ドイツのベッケンバウアーとオランダのクライフが断然のスターだった。
 クライフはサッカーの技術と戦術の歴史のなかで、きわめて重要な地位を占めているが、次のアルゼンチン大会に出場しなかったために、ワールドカップ史の番付けのなかでは扱いが小さくなる。
 ベッケンバウアーは1966年イングランド大会から出場し1974年大会で優勝した。1990年イタリア大会では監督としても優勝しているから、ワールドカップではペレに匹敵する実績を残している。「ペレをしのぐ」とまでは言えないにしても、ヨーロッパの目で見れば「ペレと並ぶ」ワールドカップのスターである。
 ブラジルについては、1982年スペイン大会のときの「黄金のカルテット」はすばらしかった。ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾの4人が華麗で攻撃的な中盤を構成した。これだけのテクニックとインテリジェンスを持ったプレーヤーを、一つのショーウインドウのなかに集めることはブラジルでもそうそうはできないと思う。
 しかし「黄金のカルテット」は、2次リーグでイタリアに負けてしまったために、ワールドカップ史のなかでの「見出し」は小さくなった。4度のワールドカップに出場し、3度の優勝に名をつらねたペレとは、そこが違う。

スターとメディア
 1986年メキシコ大会では、ブラジルのジーコ、フランスのプラティニ、アルゼンチンのマラドーナが注目を集めていた。この3人は、何度もワールドカップに出場し、活躍したという点で、ひときわ大きく輝く80年代の星である。
 なかでもマラドーナは、イングランドとの試合で伝説的な5人抜きを演じ、チームを優勝に導いたのだから、ペレと並ぶスーバースターといっていい。しかし、1994年米国大会で薬物使用のために大会途中に追放されたのが、世界の大衆のアイドルとしては大きな減点になった。
 このように、ペレのあと、すばらしいスーパースターが次々に登場しながら、ペレのような圧倒的な名声を確立した「神様」は出てこない。それはなぜだろうか?
 いろいろ理由はあるだろうが、ぼくはこう考えている。
 ペレは活字メディア時代のスターだった。彼のすばらしさは、主として新聞によって世界に伝えられた。新聞が伝えることのできる情報量はテレビの映像に比べるとかなり少ない。そのために、一人を取り上げると他のプレーヤーの情報が伝えられなくなって、ペレだけがクローズアップされる結果になったのではないだろうか。
 1970年代以後は、テレビが次から次へとスターたちの映像を伝えるので、大衆の関心が分散したのではないだろうか。
 つまり主力メディアが変わったことによって、スーパースターの在り方が変わったのである。


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