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サッカーマガジン 2002年3月6日号
ビバ!サッカー

ワールドカップ史への異考D
北朝鮮の史上最大の番狂わせ

 ワールドカップの歴史のなかで最大の番狂わせは、1966年イングランド大会で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)がイタリアを破ってベスト8に進出したことである。世界を驚かせたアジアのチームの大活躍がなぜ生まれたのか。当時の北朝鮮にスポットをあててみる。

第8回イングランド大会
 ペレが登場した第6回スウェーデン大会から、ブラジルがジュール・リメ杯を獲得した第9回メキシコ大会までを「ブラジルの黄金時代」と呼ぶことができるが、その間の4回のワールドカップのなかで、ちょっと異色なのは1966年の第8回イングランド大会である。4回のなかでブラジルが優勝できなかった唯一の大会であるだけでなく、いろいろ話題の多かった大会だった。
 いろいろな話題のなかで、もっとも大きな出来事は初出場の朝鮮民主主義人民共和国の起こした大番狂わせだった。北朝鮮は1次リーグで、優勝候補だったイタリアを1−0で破ってベスト8に進出した。準々決勝では、ポルトガルから、いきなり3点を奪ってリードした。ポルトガルが5−3と逆転できたのは、当時ペレと並ぶ天才プレーヤーだったエウゼビオの個人的な力と二つのペナルティー・キックのおかげである。
 この世界を驚倒させた北朝鮮の大活躍の謎を取り上げてみたい。
 北朝鮮はアジア地域の予選を1試合も戦っていない。この1966年大会の決勝大会への進出枠は、アジア、アフリカ、オセアニアをあわせて1チームだけという不公平なものだった。アフリカ諸国は、これを不満として一致してボイコットした。
 アジアから参加申し込みをしたのは韓国と北朝鮮だけだったが、韓国も棄権した。
 残されたのは北朝鮮とオセアニアのオーストラリアだけだった。北朝鮮はオーストラリアとのプレーオフに勝って出場権を得た。

国際的に孤立していたが
 自由主義諸国と社会主義諸国が鋭く対立していた冷戦のなかで、当時の北朝鮮は自由主義圏の多くの国と外交関係を持っていなかった。オーストラリアとの予選は、ホーム・アンド・アウェーではなく、第三国のカンボジアで行なわなければならなかった。
 英国とも国交がなかったので「朝鮮民主主義人民共和国」という正式国名で英国に入国するのも問題になった。女王陛下のご出席になるワールドカップの開会式で英国政府の認めていない国旗が掲揚されるのも問題だった。
 英国との関係では、双方が折り合っている。チームの名称では、正式国名ではなく「ノース・コリア」(北朝鮮)」が使われたが、国旗は競技場に掲揚された。
 英国外務省の役人が「非承認国の国旗を認めたのか」と質問されて「見慣れないデザインの布切れが掲げられていたのが見えた」と答えたという話が新聞に載っていた。「イギリスの役人は融通がきくんだ」と感心したのを覚えている。
 さて、このように国際的に孤立していた(ようにみえる)北朝鮮が、いきなりワールドカップにデビューして大活躍ができたのは、なぜだろうか。
 ワールドカップのような競技会で戦うには、トップクラスの国際試合の経験が絶対に必要である。当時の北朝鮮はスポーツの世界でも孤立を深めていた。そんな中で、どのようにして、サッカー国際的なレベルの経験を積んでいたのだろうか?

東欧圏との国際経験
 そのころの北朝鮮のサッカー事情を紹介した記事が「サッカーマガジン」の1966年8月号にのっている。創刊第3号である。かつての日本代表の名ゴールキーパーだった村岡博人さんの書いた記事である。
 共同通信社の記者としてピョンヤン(平壌)を訪れたとき「きょうは重要な会があるので」という理由で政府幹部との会見をキャンセルされた。その重要な会とは、モランボン競技場で行なわれたサッカーの国際試合だったという。ブラジル並みのサッカー熱である。
 東ヨーロッパの社会主義圏の国とは、国際試合が結構、行なわれていたらしい。朝鮮チームの国際試合における最初の成果は1958年にピョンヤンを訪れたチェコスロバキアの「赤い星」(レッドスター)を3−2で破ったことだった。
 その後も朝鮮チームがソ連や東ヨーロッパを訪問したり、ヨーロッパのチームが朝鮮を訪問したりしている。
 1961年9月23日には、モスクワのディナモ競技場の10万の観衆を前にスパルタクに2−1で劇的な逆転勝ちを収めた。「赤い星」もモスクワ・スパルタクも、その当時、国際的に活躍していたトップクラスのクラブである。
 というわけで、1966年のワールドカップで大活躍した北朝鮮チームは、猛訓練で鍛えた体力と頑張りにものをいわせ、幸運に恵まれただけではなかった。技術的にも戦術的にも、ちゃんと国際試合の経験を積んだチームだったわけである。


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