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サッカーマガジン 2001年10月31日号
ビバ!サッカー

サッカーの魅力を考えるD
やって楽しく、見て楽しい

 サッカーは、魅力あふれるスポーツである。やって楽しく、見て楽しい。だからこそ、19世紀の後半から20世紀の初頭にかけて、たちまち地球上のいたるところに広まり、世界一の大衆スポーツになった。その魅力の秘密はなんだろうか? これにもいろいろ説があるようだ。

一本足のスポーツ
 サッカーは楽しい。じょうずな人はますます楽しく、不器用な人もそれなりに楽しめる。ボールを蹴って遊んだことのある人なら、その楽しさを知っている。でも、なぜ楽しいかと聞かれると、ちょっと考え込んでしまう。
 「走るスポーツは楽しいんだ」という説がある。だから単に走るだけのジョギングでも楽しい。走ると脳のなかにベータ・エンドルフィンという快楽物質が出てくる。これが一種の麻薬であって陶酔感を作り出すのだときいたことがある。麻薬には習慣性がある。だから走るのをやめられなくなるジョギング中毒の人が出てくるのだそうである。
 サッカーも「走るスポーツ」だから楽しいのかもしれないと考えた。
 東京の北千住の読売・日本テレビ文化センターで月に2回「ビバ!サッカー講座」を開いている。その仲間が「サッカーは一本足のスポーツだから楽しい」という説を出した。
 争うことをルール化するには、なんらかの制限が必要である。この制限は単純であるほうがいい。 
 サッカーは手を使わないという、ごく簡単な制限で成り立っている。手を使わないで足でボールを扱う。2本足で歩く人間が、いっぽうの足でボールを扱うと、そのときは一本足で立つ。この不自然さが楽しさのもとである。という説である。 
 困難を克服するのは楽しい。しかし8000メートル級の山に登るのはだれにでも味わえる楽しさではない。しかし一本足で仕事をする困難さは、だれにでも簡単に楽しめる。

選べるスポーツ
 一本足説は、サッカーが世界中に普及した理由の一つとしても納得できる。
 「サッカーは一本足のスポーツ」という説は、40年ぐらい前に岩谷俊夫さんから教えていただいたことがある。岩谷さんは日本代表の名選手、名コーチで、大阪の毎日新聞のスポーツ記者だった人である。岩谷さんの話は「だからサッカーは難しい」というものだったが、その難しさが楽しさのもとであることには、ぼくはその当時は気が付けなかった。
 サッカーの魅力の一つには「選ぶ楽しさ」もあると、ぼくは考えている。フィールドに出るとプレーヤーは自由である。どっちをむいて走ってもいいし、ボールが来たらドリブルをしても、パスをしてもいい。そのとき、そのときに、自分が最善だと思うプレーを選ぶことができる。自分の自主性でプレーできる楽しさがある。もちろん、うまくいかないときのほうが多いけれど、自分で選んだプレーで失敗したのなら納得できる。
 ヨハン・クライフから、こんな話を聞いたことがある。
 「ボールが来たら、どういうプレーをするか、4つくらいの選択肢を頭に描いている。そのうちの一つを選んでプレーする」というのである。名手であればあるほど選択肢が広がる。だから「ますます楽しい」のだろうと思う。
 「ストライクが来ても待て」「バントをしろ」と監督から、いちいちサインが出るスポーツとは、まったく性質の違うゲームである。

感じるスポーツ
 クライフは「4つくらいの選択肢を頭に描いている」と話したが、そのうちのどれを選ぼうかと理詰めで考えているわけではない。その場、その場で感じた「ひらめき」でプレーしているに違いない。だからサッカーは「イマジネーションのスポーツ」である。「考える」よりも「感じる」スポーツである。左脳よりも右脳のスポーツである。そこにもサッカーの魅力がある。
 とはいえ、クライフのような達人でない人間は、なかなか思うようにはできない。ボールが来たら止めるのが精一杯でプレーを選ぶどころではない。自分の目の前の相手をかわそうともがいていて、遠くの味方を広く見渡す余裕はない。それでも、へたはへたなりに自分の選択肢の範囲内で楽しめるのがサッカーの魅力である。
 このような「プレーする魅力」はそのまま「見る楽しさ」の魅力である。スタンドからみているぶんには広くフィールドを見渡して「ああしよう」「こうしよう」と思いをめぐらせることができる。
 見る立場からも、サッカーは「感じる」スポーツである。「次は外角カーブだろう」とか「この場面はヒットエンドランだ」と理詰めで考えながら見ることは、ほとんどない。自分がプレーしているような気持ちになって奮い立ち、くやしがり、興奮する。そこが麻薬である。
 こういうふうにサッカーの魅力を語っているときりがない。まだまだ言いたいことはあるのだが。このへんで打ち切ることにしよう。


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