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サッカーマガジン 2001年10月17日号
ビバ!サッカー

サッカーの魅力を考えるB
学校体育が大衆化を妨げた

 にわかに思い立って「サッカーの魅力」について考え続けている。サッカーは世界の、そして大衆のスポーツだが、日本では大衆化も、レベルアップも遅れた。それはなぜか? ぼくの推測では「学校スポーツ」としてスタートしたのが原因である。明治時代の話である。

野球はゲームとして
 野球とサッカーは、1870年代のはじめ、明治5〜6年ころに、ほとんど同時に日本に紹介された。ところが1910年代、大正時代には野球はすでに人気スポーツになっているのに、サッカーはまだ、よちよち歩きである。40年間に大きく差がついている。なぜ、そうなったか。「その謎を考えてみたい」と前号に書いた。今回はその答えである。
 ぼくの仮説はこうである。
 野球は日本に伝わったあと、楽しく遊ぶゲームとして行なわれるようになった。一方、サッカーは学校体育の教材として研究された。そこのところの違いが差になったのではないか。明治時代の中ごろ、19世紀の終わりごろの話である。
 野球を日本に伝えたのは米国人のホーレス・ウィルソンで、東京開成学校で教えた。開成学校は日本の近代化のためのエリートを養成する学校で、のちに旧制の第一高等学校となり、さらに現在の東京大学になった。開成学校には明治維新の有力者の子弟が米国留学から帰ってきて入学し、野球を遊びとして楽しんだ。さらに、その後身の第一高等学校では生徒たちがチームを作り、横浜の外国人クラブに挑戦して試合をした。つまり明治中期に野球はすでにゲームとして楽しまれていたのである。
 1896年(明治29年)に一高の生徒たちは、外国人クラブに快勝したあと横浜の町に出て「ありあまるほどの酒に迎えられた」と当時の新聞に書いてある。アレン・グッドマン『スポーツと帝国』(昭和堂)で読んだ話である。

サッカーは学校教材
 サッカーはどうか。
 1873年(明治6年)に英国人のダグラス少佐が、築地の海軍兵学寮でサッカーを教えたあと、それがどう発展したかは定かでない。野球が伝えられた開成学校は一般人のエリート養成学校だったが、サッカーが伝えられた海軍兵学寮は軍人養成の学校である。サッカーの一般への普及には、あまり役立たなかったのではないかとも思う。
 サッカーも、海軍以外への紹介がなかったわけではない。
 1878年(明治11年)に文部省が体操伝習所を創設、ここでフットボール(サッカー)が教材として取り入れられた。ただし、ものの本を読んで想像するところ、ここでは、いろいろなスポーツの一部が、身体を鍛えるための「体操」の材料として使われたようである。楽しむためのゲームとして取り入れられたのではなかったようだ。
 この体操伝習所が1886年(明治19年)に高等師範の体操専修科になった。東京高等師範学校は当時の中等教育の教員を養成する学校で、のちの東京教育大学、現在の筑波大学である。体操伝習所で学んだ坪井玄道が高師の教員となり、欧州留学から帰って1902年(明治35年)にフットボール部部長になった。
 東京高師は中等教育のエリート教員養成の学校である。その卒業生は全国の中学校の先生として各地の教育界の中枢になった。
 その人たちがサッカーを広めたのだから、サッカーが全国に普及したことは確かだろう。

独断的仮説だが…
 逆説的な言い方ではあるが「サッカーは学校教育の一環として普及したので大衆的にはならなかった」と、ぼくは考えている。
 野球は1880年前後、明治10年代の前半には、いくつかの大学や職場でゲームとして楽しまれている。そして一高全盛時代のあと20世紀に入るころには「早慶戦」が東京市民の話題になるようになった。
 サッカーは、そのころ東京高師にチームができた程度だった。サッカーは明治中期に空白期があり、しかも遅れて学校スポーツとして普及した。サッカーの大衆化は、Jリーグがスタートする20世紀のどんずまり1990年代まで待たなければならなかった。この大きな立ち遅れの原因は「学校体育にある」と、ぼくは考えたわけである。これは、ぼくの独断的な仮説である。まともな本には書いていない。
 通説はいろいろあるようだ。代表的なのは民族の性質による説明である。サッカーはヨーロッパの狩猟民族のなかから生まれたスポーツで、農耕民族の日本人には向いていないというのである。
 サッカーは中断が少なくプレーが連続的である。狩猟は獲物を連続的に追っ掛けて仕留めるまで休まない。休んだら逃げられてしまう。
 一方、農耕民族は「ま」を好む。田植えをし、草取りをし、収穫をする間に、それぞれインターバルがあるからである。野球はプレーとプレーのあいだに「ま」がある。
 でも、この説も納得しがたい点がある。もう少し考えてみよう。


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