アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 2001年8月15日号
ビバ!サッカー

スターの欧州流出を考える
Jリーグ空洞化の心配は?

 ヒデが行った。西沢が行った。こんどは稲本が行く。小野が行く。日本の若いスター選手が、つぎつぎにヨーロッパに移籍する。「日本のサッカーのレベルが認められてきたことの証明だ」と喜んでいる向きもあるが、タレント流出でJリーグが空洞化する心配はないのだろうか。

途上国の移籍の形
 「サッカー発展途上国の移籍の形なんですよ。これもありだと思ったわ」
 「ビバ!サッカー講座」の受講者の女性がこう話してくれた。小野伸二の浦和での最後の試合を見てきた感想である。伸二はオランダのフェイエノールトヘ移籍が決まった。それで、Jリーグ第1ステージの地元最終戦がファンヘのお別れ試合となった。それが、かなり感動的だったらしい。
 「ビバ!サッカー講座」は、ぼくが月に2回、東京北千住の読売・日本テレビ文化センターで開いている一種の研究会である。
 この講座は、日本でもっとも知的水準が高く、サッカーについて幅の広い知識と教養を持っている(とぼくが信じている)人たちの集まりである。だから、しばしば、講師が思いつかないようなユニークな考えが出る。
 「途上国の移籍」という発想も「うーむ」と、ぼくをうならせた考えだった。
 その女性の考えは、こうである。
 小野伸二は浦和レッズを出てオランダに行く。それでなくても手薄な浦和の戦力は、がた落ちになりかねない。本来なら、小野をオランダに売り飛ばすのを、ファンは怒らなくてはならないのだが、ファンもクラブのフロントも、こころよく小野を送りだした。
 「サッカーの盛んな国では考えられないことでしょうけど、日本はサッカーの発展途上国だから、これもいいのよね」ということである。

伸二のお別れ試合
 わが講座仲間のレポートを借用して「伸二お別れ試合」のときの様子を紹介しよう。
 「駒場は暑かった。空気が肌にじっとりとまつわりついてくる。だがピッチを駆ける小野伸二の表情は、晴れ晴れとしていた」 
 「ホーム駒場での試合は、これが最後になる。サポーターたちが、それを思い感無量でいるのに、小野は試合前からにこやかで、くったくがなかった」
 「試合後、移籍を祝うグッドラック・セレモニーが行なわれた。このセレモニーは、サッカー発展途上国の日本ならではの温かさと優しさに包まれていた」 
 「移籍記者会見でのレッズの社長の言葉は実直で、かつ誠意にあふれたものであった」
 「小野選手を失うのはクラブにとって痛手だ。けれども、これだけの選手であるので、海外移籍は避けて通れない問題。日本サッカー発展のために喜んで送り出す」 
 「サッカー先進国の、たとえばイタリアで、このような言葉が聞けるであろうか? 自分のチームにとって不利益でも“国のために”先進国に武者修行に出す。そんな心意気が社長の、とつとつとした言葉の中に感じられ、心打たれた」 
 「試合後、アウェー席のジェフ市原のサポーターからも“小野伸二!オレ!”コールが響いた。このとき小野伸二は、すでにレッズのサポだけのものではなく、日本のサッカーを愛し、未来を夢見るすべてのサポーターたちの希望の光となった」
 レポートを読みながら、ぼくは思った。なんと温かいサポーターたちなんだろう! なんとおおようなクラブの経営者なんだろう!
 たしかに、これはサッカー途上国の特殊なふんい気である。 
 しかし、途上国だから「遅れている」とは言えない。日本のサポーターたちは純情すぎるくらい純情ではあるが、一方では知的水準と社会的成熟度の高さを示している。広く日本全体を、さらには地球全体を見る視点の高さを持っている。 
 とはいえ――。 
 ぼく自身は、それほど純情ではなく、また成熟もしていない。
 とくにクラブの経営者の「度量」には感心しない。 
 やすく仕入れた商品を高く売って金儲けをするのが経営者である。小野の移籍が採算にあい、レッズをさらに強くし、サポーターの期待に応えられるようにできるのであれば、それもいい。しかし「お国のためにクラブが犠牲を払う」なんて考えが本気だとは、とても思えない。 
 レッズだけではない。Jリーグ全体が空洞化しないかと心配である。 
 関西のプロ野球では、その心配が現実になっている。 
 イチローを大リーグに送り出した神戸のオリックスは、前半戦終了の時点で観客数は前年から28.6%の減である。新庄を手放した阪神タイガースは17.5%減である。 
 選手たちの欧州武者修行に反対ではないが、Jリーグが関西のプロ野球と同じ道をたどらないようにしてほしいと思っている。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ