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サッカーマガジン 2001年7月25日号
ビバ!サッカー

キリンカップの日本代表を総括
お見事!小野、柳沢、稲本!

 キリンカップで日本代表が2戦2勝だった。公式のタイトルではないから「優勝」に、それほどの意味はない。2002年を控えて日本代表がどんな伸びを見せているかが見どころだった。小野伸二の成長、柳沢敦の復活、稲本潤一の活躍。「お見事でした!」と評価したい。

質の高いパス
 札幌は日陰に入ると肌寒いくらいだった。お天気もいい。ツユのない北海道はいい。2002年ワールドカップも札幌で楽しみたい。
 新しくできた札幌ドームで7月1日にキリンカップ第2戦があった。日本代表にとっては第1戦、相手はパラグアイだ。パラグアイは6月28日に東京の国立競技場でユーゴスラビアを破って1勝を挙げている。そのパラグアイに、日本は2−0で勝った。
 16分の1点目は、小野のすばらしいパスから生まれた。左はるか後方から長い縦パスが相手守備ラインの背後のスペースに出て、そこへ柳沢が走り出た。
 公式記録には「ダイレクト」と書いてあったが、ああいうのも「ダイレクト・シュート」と言うのだろうか。
 たしかにシュートの時間まで、柳沢はパスにあわせてボールを足元で支配しながら走ってシュートした。
 ドリブルではないけれども、英語でいう「ランニング・ウイズ・ザ・ボール」である。
 柳沢は試合後に「伸二のパスの質が高かった」と話していた。
 「質の高いパス」という表現に、僕はすっかり感心した。ボールに触らなくても完全に足元にコントロールして、そのままボールとともに走り抜けられるようなパスが来た、ということだろう。
 小野は21歳、柳沢は24歳。いまの若者の「サッカーの質」は、10年前の選手たちとくらべても、ひときわ高い。

2点目の組み立て
 札幌の試合の2点目は50分、これも小野−柳沢のコンビだった。
 左サイドの小野がドリブルで中央へ攻め上がり、森島とのリターンパスで右寄りに進出して、スルーパスを出した。ゴール正面で柳沢が相手守備ラインの間を抜けて走り出てシュートした。このゴールは、森島を含めて攻めの組み立てが見事だった。
 「この試合は、二つの点で記憶されることになるだろうな」と、ぼくは思った。
 第一は、小野伸二が日本代表としての地位を確立した大会としてである。コンフェデレーションズカップで左サイドに起用され、その期待にこたえた。それが偶然でないことが、この試合ではっきりした。
 第二は、柳沢が復活した試合としてである。若くしてスター扱いされていたころ、週刊誌ダネになるような騒ぎを起したことがある。その後、あまり、はなやかな印象はなくなっていたように思う。
 6月のコンフェデレーションズカップでは代表から外されてしまった。「ケガをしていたからだ」とトルシエ監督は説明したが、それほど大きなケガではなかったらしい。それが、キリンカップではトップに起用されて2ゴールをしっかりと決めた。
 柳沢復活の試合として日本サッカー史に書き込めるかどうかは、今後もコンスタントにその才能を発揮できるかどうかによるだろう。とはいえ、トルシエ監督が2002年への選択肢を一つ増やしたことは確かだと思う。

伸びざかり円熟
 涼しい札幌から蒸し暑い大分に舞台を移して、キリンカップの最終戦は7月4日、大分の「ビッグアイ」たった。相手はすでに1敗しているユーゴスラビアである。
 札幌からの移動と中2日の連戦と大分の蒸し暑さのために、日本代表の動きは明らかに悪かった。中5日休養しているユーゴスラビアのほうが元気だった。その苦しい状況を打ち破ったのが21分の稲本のゴールである。結局、この1点だけで試合が決まった。
 これも発端は小野からだった。小野の左サイドからのパスを稲本が受け、ドリブルで突っ込んで右側にいた柳沢に渡し、柳沢が半分、ゴールに背を向けたまま、トリッキーなリターンパスを返して、稲本が走り抜けた。稲本は守りを主にしていながら、チャンスを見逃さずに進出し、スピードにのって思い切った勝負に出た。
 21歳ではあるが、ユース代表、オリンピック代表、A代表と多くの国際試合の経験を重ねてきている。若さと経験が結びついて独特の「伸びざかりの円熟」といった感じに実っている。
 日本代表は守りも良かった。フラット3と両サイドとボランチの組合せによる連携プレーがいい。ピンチは今回もGKの川口が救った。
 パラグアイもユーゴスラビアも、ベストの顔触れでの来日ではない。「だから日本代表の勝利も割り引いて考えなければならない」という意見もあるだろうが、それにしても、いまの日本代表は伸びている。


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