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サッカーマガジン 2001年5月9日号
ビバ!サッカー

日本選手の海外進出を考える
野球とサッカーとの違いは?

 中田ヒデや西沢明訓は、ヨーロッパで思うように出番が得られない。一方でイチローや新庄は大リーグに進出してめざましい活躍である。なぜヒデや西沢の出番が少ないか。イチローや新庄は本当に大リーグで通用するのか。日本のスポーツの海外進出を考えてみたい。

イチローと新庄
 「日本とヨーロッパのサッカーと、日本のプロ野球と米国の大リーグとでは、どちらがレベルの差が大きいかね?」
 勤め先の大学の同僚の先生から、かつて、こういう質問を受けたことがある。
 並べて比べるのは無理な話かもしれないが、ぼくは答えた。
 「そりゃ、野球の日米の差のほうが大きいでしょう。投手はいいけどバッティングでは、日本の打者は大リーグでは通用しませんよ」
 イチローや新庄が、米国に行く前の話である。
 ところが、ことし、オリックスのイチローと阪神タイガースの新庄が大リーグに行って大活躍している。ぼくは不明を恥じるほかはない。
 日米の野球のレベルの差が大きいと思いこんでいたのには原因がある。
 東京の読売新聞でスポーツ記者をしていたとき、日米野球で来日したオリオールズやレッズやメッツを取材したことがある。そのとき、アメリカの打者のスイングの速さに、毎回のようにびっくりした。
 日本のバッターがきれいなフォームでボールをバットにのせるようにミートするのに、米国の打者は重いバットをツマヨージのように軽がると扱い、ぴゅんと、ひと振りして長打を飛ばす。
 そのパワーの差を見せ付けられていたものだから、日本の打者は大リーグでは通用しないだろうと思い込んだのである。
 そういうわけで、新庄とイチローの活躍には、ハットオフである。

ヒデと西沢の場合
 同僚の先生からの質問に見当違いな答えをしたころ、中田ヒデがヨーロッパで活躍していた。それで「サッカーでは、日本とヨーロッパの差は、それほど大きくない」と考えたわけである。
 しかしいま、ヒデはローマでなかなか出番がない。同じポジションに強力なライバルがいるので、控えにまわされている。
 ローマは世界最高レベルのイタリア・リーグのなかでトップを争うチームである。クラブは豊かで、金にいとめをつけずにスター選手を集める。それだから、ヒデほどの選手をベンチに置いて平気でいる。ヒデとしては、レギュラーで活躍できるチームに移籍させてもらいたいだろう。しかし、それには契約中のローマが放出してくれなければならない。またヒデのほうも、給料が大きく下がるクラブに行くわけにはいかない。
 というわけで、ヒデに出番がないのは、必ずしも日本選手がヨーロッパのレベルで通用しないことを意味してはいない。しかし、投手の野茂や打者のイチローがともに立派なレギュラーで活躍しているのに比べると、日米の野球のレベルの差が、サッカーの日欧の差よりも小さいと言えるのではないか。
 スペインのエスパニョールに行った西沢明訓も、レギュラーに定着するのは、なかなかのようだ。
 欧州のサッカーの選手層は厚い。国内だけでなく選手の供給源は南米にも広がっている。その中で日本選手が定位置を確保するのは難しい。

科学的仮説?の崩壊
 野球の日米の差が大きいと思い込んでいた理由は、パワーの違いに目を奪われていたためである。パワーとは、ため込んでいたエネルギーを一気に放出することである。
 筋肉を構成している筋線維に、おおまかに言って、すばやく、短い時間に大きな力を出す速筋(白筋)と長い時間かけてゆっくり働く持久力のある遅筋(赤筋)がある。
 米国は混血の国だから、いろんな遺伝的素質を持った人びとがいる。その中には、極端に速筋線維の割合の多い人たちもいるだろう。そういう人たちは一瞬に力を発揮する野球のバッティングに向いている。
 一方、日本は島国だから混血が非常に少ない。そして、もともと遅筋の割合の多い人たちが住んでいて、その遺伝的要素が保存されている。したがって、マラソンの高橋尚子は出るが、米国で活躍できる野球の打者は出ないだろう。
 まあ、こういうように、なまかじりの科学知識で仮説を立てていたのだが、イチローや新庄が、この仮説を打ち崩してしまった。
 サッカーのプレーでも速筋がものをいう。しかし、90分間走り続けるスポーツだから遅筋の担当する持久力も重要である。また、筋力だけでなく技術的、戦術的な判断力の要素も大きい。11人のチームプレーでカバーすることもできる。
 したがって、サッカーでは日本人が外国で活躍できる可能性があると考えていたのだが、これもあやしくなってきた。新しい仮説を立てなおさなくちゃあならない。


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