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サッカーマガジン 2001年3月14日号
ビバ!サッカー

ワールドカップの始まりを考える
アイディアは欧州クラブ選手権

 2002年が迫ってきたので、改めてワールドカップの歴史を勉強してみる気になった。古きを尋ねて新しきを知るである。そうしたら、ワールドカップのアイディアの始まりは、代表チームの選手権ではなくて、欧州クラブ・チャンピオンの対抗戦だったのだと気が付いた。

トヨタカップが先?
 「ワールドカップが先か、トヨタカップが先か」と質問したら、サッカーの歴史を多少でも知っている人からは笑われるだろう。ワールドカップの歴史のほうが古いことは、はっきりしている。
 第1回のワールドカップは、ウルグアイで1930年に行なわれた。4年に1度開かれ、第2次世界大戦の中断をはさんで2002年で第17回になる。
 一方、トヨタカップが日本で開かれるようになったのが1981年でその後、毎年開かれている。その前身のヨーロッパ・サウスアメリカン・カップのはじまりは1960年である。いずれにせよ、第2次世界大戦後、かなりたってからの話である。
 このように、大会のはじまりは、はっきりしているのだが「なぜ大会が始まったのか?」という、そもそもの「いきさつ」になると話が違うのではないかという気がしてきた。ワールドカップの歴史を読み返していて、そう思いはじめた。
 どちらもヨーロッパと南米の間で「世界一」を決めようというところから始まっている。ワールドカップは「ナショナルチーム」、つまり国家単位の選抜チームによる世界一である。一方、トヨタカップは単独の「クラブチーム」による世界一を決めようという動機で始まっている。
 そのなかで、国際的なチャンピオンを決めようという動きは「クラブ」のほうから始まったのではないか。つまり「トヨタカップ」のアイディアのほうが先だったのではないか、というのが、ぼくの仮説である。

ジュール・リメの回想
 ワールドカップの創設者であるFIFA(国際サッカー連盟)の会長ジュール・リメの『ワールドカップの回想』という本がある。日本語訳は1986年にベースボール・マガジン社から出ている。実は、ぼくがフランス語のできる友人たちに頼んで翻訳してもらって、おこがましくも、ぼくの監修ということで、出版してもらったものである。
 日本語版を出したとき、ぼくが全部目を通して、日本語の文体も統一したのだが、その後は読み返すことがなかった。2002年が近付いたので、ワールドカップを勉強しなおそうと、最近、読み返しはじめている。
 そのなかに、現在のワールドカップの、そもそもの始まりになった国際選手権大会の計画が出てくる。 
 1905年にパリでFIFAの総会が開かれたときに、オランダ・サッカー協会のヒルシュマン氏が自分が起草した国際大会の規約を提出した。
 その最初の部分にこう書いてある。
 「国際サッカー連盟加入の各国サッカー協会所属の国内チャンピオン・チームによる選手権大会を、毎年シーズン終了後に開催する」 
 つまり非常な初期に構想されていたのは、ナショナル・チームによる選手権ではなく、各国のクラブ・チャンピオンによる選手権だったわけである。これは現在のワールドカップのはじまりというよりも、チャンピオンズ・カップあるいはチャンピオンズ・リーグ、さらにはトヨタカップの始祖鳥というべきだろう。

国対抗のアイディア
 ヒルシュマン規約のなかには、次のような条項もある。 
 「各チームは、その国旗に従い、クラブに所属する外国人を含めない」
 「国旗に従い」とあるのは、現在の「ワールドカップ」のアイディアの始まりである。
 「外国人を含まない」とあるのは、おそらくヨーロッパ内での国境を越えた移動を想定しているのだろう。そのころすでに、フランス人がイタリアのクラブへ行ってプレーしたりドイツ人がスイスへ行ってプレーしたりすることが行なわれていたのだと思う。 
 南米からの移籍は視野に入っていなかっただろう。南米のサッカーの強さは、当時まだヨーロッパに知られていなかった。また航空機のなかった当時だから、簡単に移籍が行なわれたとは考えられない。アルゼンチンからスペインへ、あるいはブラジルからポルトガルへ行ってプレーした若者はいたかもしれないが、そういう若者はおそらく、ヨーロッパの父母の国のパスポートも持っていただろう。いまでも、こういうケースの二重国籍は珍しくない。 
 というわけで、ワールドカップの起源とトヨタカップの起源を、遠く百年近く前までさかのぼって空想している。 
 この1905年のヒルシュマン計画は、そのまま立ち消えになった。というのは規約は可決されたが、参加申し込みがゼロだったからである。 
 ワールドカップが実現するには、その後、いろいろな曲折を経なければならなかった。


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