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サッカーマガジン 2000年12月6日号
ビバ!サッカー

難しい語学ボランティア対策
2002年への準備を急げ!

 新潟で「日韓サッカー・ジャーナリスト会議」を開いたとき、苦労したのは通訳だった。2002年のワールドカップでは通訳確保が重大な問題になると思う。プロだけでは数が足りない。ボランティアには、いろいろなレベルの人がいる。対策が急務である。

新潟の日韓会議で
 新潟で開いた日韓サッカー・ジャーナリスト会議は、なかなかの成功だったと思う。有名な人気タレントを招いて客寄せをはかるようなことは避け、サッカー・マガジンに寄稿している見識のあるジャーナリストに参加を求め、韓国からの参加者も内容のある話ができる人だけを選んでもらった。人集めのイベントではなく、内容のある討論ができた。
 最初の計画は専門家の小規模な研究会のつもりだった。会場は借り賃の安い公共の施設とし、仲間内で討議して報告書をまとめる程度のことを考えていた。 
 通訳を雇う金はないが、韓国側に日本語の達者な仲間が一人いるので、こちらでも韓国語のできる仲間を一人用意し、足りないところは英語でなんとかと思っていた。 
 ところが、ありがたいことに、趣旨に賛同して協力してくださるところが次々に現れた。地元紙の新潟日報が全面的に運営を引き受け、スカイパーフェクTV!と地元のBSN新潟放送が録画放映してくれた。
 思いがけず大がかりになって、小さな会館ではダメだと、地元でいちばん高級なオークラホテル新潟が会場になった。
 そうなったら、通訳も本格的なプロに頼まなければならないところだったのだが、そこのところを、ぼくが甘く見ていた。そのために、その場になって大慌てになった。
 仕掛人であるぼくの手抜かりで、多くの人の献身的な努力でやっと切り抜ける仕事となった。

無償奉仕の限界
 同時通訳の設備が使えるといいのだが、かりに設備があっても通訳会社に頼んで専門家を派遣してもらわなくてはならないので非常に経費がかかる。
 そこで仲間のつてで、韓国語のできる人をボランティアで頼んで、交通費、宿泊費とわずかな日当たりだけでなんとかしようと考えた。
 ところが、これが現実的でなかった。
 第一に韓国語のできる人が、そんなにはいない。いてもウィークデーの昼間にボランティアで来てくれるのは難しい。
 第二に韓国語ができても、使い慣れていないと急にはスムーズに出てこない。サッカーや政治やジャーナリズムの専門用語が次々に出てくるのだから、なおさらである。
 第三に一つの会議でも、けっこう人数が必要である。一人で何時間も何役も務めることは不可能である。 
 たとえば、基調講演のときに、講演そのものを通訳する人が2人はいる。1時間半以上も、ぶっつづけではやれないからである。 
 それにフロアで聞いている韓国側の参加者のために、日本人の発言を通訳する人が複数必要である。1カ所に集めて、耳元でささやくように通訳してもらったが、これにも、なかなか技術がいる。今回は4つのグループに分かれての研究会もやったので、それだけで最低8人は必要だった。 
 これだけの仕事を、無償奉仕でやってもらうのは無理である。ボランティアには限界がある。 

プロの確保と研修
 新潟の会議では、どうやってしのいだかを簡単に説明しておこう。
 韓国側の参加者には、すべて事前に発言予定の内容のテキストを作ってもらった。 
 それを、あらかじめ検討して日本語らしい日本語に直しておく作業をした。これには発言者、担当通訳、韓国側参加者で日本語の達者な趙東彪氏、国際的な仕事に慣れている本誌でおなじみの後藤健生さんが参加した。その作業が2日間にわたって前日の夜半すぎまでかかった。 
 2002年のワールドカップのときには、この程度ではとうていすまないだろう。 
 仕事の量も多いし、分野も多いし言葉の種類も多い。とくにメディア関係は、いろいろな言葉の国から来たジャーナリストたちが、1分1秒を争って仕事をするのだからたいへんである。 
 通訳会社のプロと契約する必要があるが、本当に役に立つプロは、そんなに多くはない。そういう人はFIFAなどの会議やテレビ放映の仕事に押さえられてしまうだろう。各会場地でプロの通訳を確保するのはほとんど無理である。 
 どうしてもボランティアということになるが、能力のある人を押さえておくのは難しい。ボランティアでも、お金を払ってセミプロクラスの人を集め、はやくから研修をしておく必要がある。 
 講習会などで、にわか仕立てで養成するのは無理である。 
 通訳対策は、どうなっているのか非常に心配になってきた。


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