シドニー・オリンピックのときのトルシエの用兵について、いろいろな意見がある。1次リーグの最初の2試合での選手交代は納得のいくものだったが、第3戦と準々決勝では、結果がよくなかっただけに批判も多い。交代が遅いのは慎重なのか、臆病なのか?
ブラジル戦での慎重さ
オリンピックでのグループリーグで、日本は南アフリカとスロバキアに連勝して幸先はよかった。計算違いだったのは、ブラジルが第2戦で南アフリカに負けたために2連勝でも決勝トーナメント進出が決まらなかったことである。そのために9月20日にブリスベンで行なわれた日本対ブラジルの試合は面倒なことになった。
日本は勝てばもちろん、引き分けでも準々決勝へ進出できる。負けた場合は、キャンベラで行なわれている南アフリカ対スロバキアの結果次第である。ブラジルの方は、絶対に勝たなければならない立場だ。
背水の陣のブラジルは立ち上がりに勝負をかけ、それが成功して開始5分に先制。あとはこのリードを守っていこうという形勢になった。
日本のほうは、キャンベラの試合経過をにらみながらの用兵である。キャンベラでは、スロバキアが先手を取ってリードしていた。この試合経過は刻々、日本のベンチに伝えられていた。
このまま進んでも準々決勝進出が決まる。強豪ブラジルを相手に、いい調子で反撃しているチームのリズムとバランスを崩してまで、勝負に出る必要はない。だから選手交代は遅かった。後半35分に柳沢を平瀬に代えた。4分間のロスタイムに入ってから高原に代えて本山をトップに入れた。慎重にテストを試みたというところだろう。
スロバキアが2対1で南アフリカに勝ち、日本は準々決勝に進出できた。
貴重な経験だったが
ブラジルとの試合で、もう一つの計算違いは、中田ヒデと森岡が警告累積で出場停止だったことである。ヒデがいないので、中村俊輔が第2線に出て、攻めの組み立て役を務めたが、ブラジルに対してはヒデのほうが相性がよかっただろうと思う。
俊輔がドリブルで出ようとするのを、ブラジルは巧みにつぶした。間合いのとり方が実にうまい。シドニー・オリンピックのサッカーに出場したチームのなかで、ブラジルがもっともいいチームだったのではないか。テクニックもインテリジェンスも、そしてチームとしての試合運びのうまさも、一クラス上のように思った。
このブラジルをドリブルで崩すのは難しい。ヒデの先を読んだ早めのパスのほうが効果があったかもしれない。この試合が、勝っても負けてもいい「お花見試合」であったら、ヒデがいなくても別に影響はなかったところである。他の疲れている選手も休ませて、決勝トーナメントに備えて「いい休養」ができただろう。
ところが、ブラジルが南アフリカにとりこぼしたために、日本は強豪ブラジルに真剣勝負を挑まれることになった。
もちろん、若い選手たちにとってこれは貴重な「経験」にはなった。ブラジルの若手が、なりふり構わず乱暴な守りをするのを、はねかえしたのはすばらしい。しかし、準々決勝での日本の選手たちの疲労ぶりを考えると「休養」の機会を失ったのは痛かった。
米国戦への批判
準々決勝はアデレードに移って米国との対戦だった。9月23日である。この試合は、日本へ帰ってからテレビで見た。
結果は延長戦のすえ2対2の引き分け。PK戦で米国が準々決勝に進み、日本は4強に残れなかった。結果に恵まれなかったので、トルシエ用兵への批判も集中した。
たしかに用兵がちぐはぐだった。1点リードして優勢に試合を進めていて、後半20分に柳沢に代えて三浦を出す。その直後に米国に同点にされた。結果的には、交代の失敗である。
しかし、サイドから前へ出てヒデと並んだ中村俊輔が起点となって、すぐ再びリードする。これは逆に交代の成功である。
そのまま終われば「めでたし、めでたし」だったのだが、勝利寸前の89分に再び同点にされて延長戦、結局はPK戦で涙を飲んだ。
日本の選手たちは疲れ切っていた。だから早めに守りの新戦力を投入して逃げ切りを図るべきだったと言うのが、多くの人の批判である。ぼくも、そう感じた。
しかし、リードしているのだから、それを守るためにバランスを崩したくないと、トルシエが考えたとしても無理はない。
同点にされたのは、米国のゴールキーパーの、やけっぱちの大きなパントキックから攻め込まれてPKをとられたものである。日本にとってはアクシデントに近かった。
「トルシエは臆病だ」という非難は結果論にすぎない。
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