ファンの目はもうレバノンのアジアカップに向かっているかもしれないが、ここではオリンピックのときのトルシエ監督の用兵にこだわってみたい。日本オリンピック・チームの活躍を評価するなかで、選手交代の遅れを批判する意見も多かった。これを検討しておく必要がある。
本山の前線投入
「本山がフィールドに入ってきたとき、俊輔は当然のように前線へ行こうとしたんだよ。そしたら本山が、違う違うというゼスチュアをして、自分が前の方に出ていっちゃった」
キャンベラで9月14日に行なわれたオリンピック・サッカーの第1戦、南アフリカとの試合の後半34分の話である。
ぼくは下を向いてメモを書き込んでいて、このシーンを見逃したのだが、友人が教えてくれた。
南アフリカの先行に、日本が前半のうちに追い付き1対1の同点のまま後半が終わりに近づいていた。このままでは引き分けになる。日本から来た応援ツアーの席は、トルシエ監督が打開策を講じようとしないので、じりじりしていた。
ツートップのうちの1人の柳沢を引っ込めて本山を出す。本山が左サイドに入り、その位置で守りに追われていた中村俊輔を攻撃の第2線にあげて攻め手を厚くする。そういう手を打つだろうと期待していたのにベンチはなかなか動かない。
やっと待望の選手交代をして「それいけっ」となったのだが、予想に反して本山は定位置の左サイドではなく前線に出た。俊輔はもとのままである。
交代の直後に日本が決勝点をあげたので「終わりよければ、すべてよし」となったのだが、俊輔自身がびっくりするような本山の前線投入がどういう狙いだったのかは、その時点ではスタンドからは分からない。
「トルシエが隠し持っていた奇策だったんだな」と思った程度である。
守りのバランス重視
試合が終わると監督の共同記者会見があるが、これにはオリンピックを取材するためのADカードをぶら下げていないと出られない。カードは主として新聞社に割リ当てられているから、本誌で活躍している第一線のサッカー専門のライターの多くは一般の入場券で観客席から見ている。したがって試合直後の取材はできない。カードを持っている記者に仲間内取材をして聞くか、あとになってから競技場外で取材をするチャンスを利用するしかない。
というわけで、本山の前線投入の狙いを直接聞くことはできなかったが、トルシエ監督は「守備ラインが安定していたので、バランスを崩したくなかった」と説明したらしい。
これは納得のいく話である。
リーグ戦の第1戦だから、引き分けのままでも次のチャンスがある。危険を冒して無理に勝ちにいく手はない。リードされているわけではなく同点なのだから、危険を冒す時間帯は短くした方がいい。しかも俊輔が守りでぐんぐん成長している。それを今後の試合のためにも生かしたい。これは、よく分かる。
第2戦、9月17日のスロバキアとの試合では別の手を打った。
パワーのあるスロバキアの激しい攻守に押しまくられることなく、落ち着いてパスを回して攻め、安定した守りで優勢に試合を進めていた。俊輔は左サイドで先発、守りは非常に安定していた。相手の右サイドからの攻めを、俊輔−稲本−中田浩二で次々につぶした守りは見事だった。
納得いく交代策
0対0のままで進んだ後半9分、トップの柳沢に代えて酒井を右サイドに入れた。右サイドにいた三浦が左にまわり、左サイドにいた俊輔がこんどは前に出た。最前線は高原のワントップ。中田ヒデと俊輔がトップ下で攻めが多彩になった。
これも納得のいく作戦である。
1次リーグの最終戦の相手は優勝候補筆頭のブラジルである。ブラジルにあたる前に決勝トーナメント進出を決めておきたい。ということになれば、ここはスロバキアに勝って勝ち点6にしておく必要がある。元も子を失うギャンブルは避けたいにしても、危険を恐れて守りに入り引き分けを狙うことはできない。両サイドの守りを固めつつ、俊輔を前に出して勝負に出たのは当然だ。
狙いどおりに、後半22分に三浦−中田ヒデとつながって先取点が入った。個人の能力とチームプレーがみごとに結びついたゴールだった。
29分に相手の総反撃の裏側をついて高原が独走し、稲本が2点目をあげた。
南アフリカとの試合のときもそうだったのだが、リードされた相手が総反撃に出たときに、その裏側をつく逆襲の能力があることを見せつけておくことは、かりに点にならなくても役に立つ。次の対戦相手は「うっかり攻めには出られないぞ」と思うだろう。日本はその点でも非常に良かった。
38分にスロバキアがスローインからのチャンスを生かして1点を返したが、2点目がものをいって日本は狙いどおり連勝した。
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