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サッカーマガジン 2000年8月30日号
ビバ!サッカー

少年サッカーとクラブの組織
塩竈FCの試みに注目する(中)

 少年サッカーの指導者の悩みは、普及と強化と育成の三つを並び立たせることである。多くの子どもたちにサッカーを楽しませてやりたい、自分のチームを強くしたい、さらに日本代表選手も育てたい。宮城県の塩竈FCは、これをどう解決しようと試みているだろうか。

山の上の底辺
 仙台駅前から地下鉄で約15分。終点の泉中央駅で降りる。そこから夕クシーで、くねくねと山の間を登って約20分、頂上にある小学校に着いた。6月10日の土曜日、全日本少年サッカー大会宮城県大会が、その小学校のグラウンドで開かれていた。
 やってきたのは、塩竈フットボール・クラブの小幡忠義理事長に会うためだ。サッカー・マガジン4月19日号と5月3日号のビバ!サッカーに、塩竈FCに関係のある研究報告を紹介したら、小幡さんから「あれは、ちょっと違うよ」と、お電話をいただいた。「それなら」と直接、取材することにしたのである。
 本部席のテントの下で熱戦を見ながら、お話をうかがった。
 テントのまわりでは、役員の人たちが忙しく立ち働いていた。お父さん、お母さんもいる。学校の先生もいる、町のおじさんもいる。山の上のグラウンドまで、ローンで買った自分の車で、自分でガソリン代を払って登ってきて、サッカーの底辺のためにボランティアで働いている。
 かつて、こういう町に日本代表チームの監督や技術委員がやってきて「あれをさせろ、これをさせろ」と威張りちらした話を聞いたことがある。サッカー協会の実力者が、協会のお金で飛行機のファーストクラスに乗って海外に出張し「ゴルフをさせろ」と要求する話も見聞きする。
 日本のサッカーの頂点が、底辺のボランティアによる長年の努力によって積み上げられてきたものであることを、協会の実力者たちは痛切な思いで認識しているだろうか。

養殖か、天然か
 宮城県の少年たちの試合を「すばらしいな」と思いながら見ていた。ドリブルで抜こうとする少年がいる、いいパスを出す少年がいる。
 「みな、うまいですねえ」と言ったら、小幡さんが「よく言うんですけどね。養殖ものばかりじゃないのかな、天然ものはいるのかなってね」
 「なるほど」と思った。
 塩竈は少年大会の会場になっている山を越えた太平洋岸の漁港の町である。お魚がおいしいので有名だ。だが、いまのお魚には天然ものと養殖ものがある。荒海にもまれて育った魚は身が引き締まっておいしい。養殖で育った魚は栄養過剰であぶら身が多い。
 技術があり、パスがうまい子どもたちは、荒海のなかで自分の力で育ってきた天然ものだろうか。それともサッカー少年団で、熱心な指導者に、手とり足とり教えられた養殖ものだろうか。
 そういわれてみると、ベンチのほうは相変わらずだ。大声で怒鳴る。叱り付ける。コーチのほうが興奮している。一生懸命、養殖ものを育てようとする指導者が多いようだ。
 必ずしも、養殖が悪いというわけではない。多くの子どもたちが、サッカーを楽しめるようにするには、「手とり足とり」も必要だ。
 だが、一流のプレーヤーは「手とり足とり」では育たない。「見よう見まね」でやっているうちに、自分の力で伸びてきて世界へ躍り出る。
 養殖に夢中になって、天然ものをつぶさないようにしたい。

広域のクラブ
 小幡さんは1966年に塩竈市中心部の塩竈第一小学校区で、塩竈サッカー・スポーツ少年団を作った。東京オリンピックのあと、サッカー少年団の育成が各地で盛んになったころである。1970年代には他の小学校区にもつぎつぎにできた。
 1980年代になって、小幡さんはクラブづくりの構想を推進しはじめた。1982年に「選抜FC」形式で塩竈FCをつくる。最初のころは、各少年団から選手を集めて、高校のグラウンドで週1回程度、練習したらしい。日常の練習は各少年団で維持されていた。
 それがもとになって、1986年にクラブ組織としての塩竈フットボール・クラブが結成された。そして1989年には、6つの小学校区のサッカー・スポーツ少年団が、塩竈FCのジュニアに統合された(東北大学大学院・熊谷正也氏の研究報告による=2000年3月27日、日本スポーツ社会学会)
 塩竈FCジュニアは育成部門とスクール部門に分かれている。スクール部門は各小学校区にある。
 ここに「天然もの」と「養殖もの」を分けて、両方ともすくすくと育てようという発想があるのかもしれない。すぐれた素質を持つ子どもを集めて、高いレベルの荒波にもまれるようにし、それほどの素質でない子どもたちにはサッカーの楽しさを教える機会を作る。
 小学校区を越えた広域クラブづくりをめざしながら、育成と普及の両輪を動かそうという理想と苦心がうかがわれる。


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