日本代表がソウルで韓国に0対1で敗れた直後にトルシエ監督の去就が大騒ぎになった。契約期間が6月で終わったあと、2002年のワールドカップまで再契約するのか、10月のアジアカップまで延長するのか、あるいはここで打ち切るのか。マスコミの報道は奇々怪々である。
朝日新聞の独報
もともと、くすぶっていた問題ではあったが、その火勢を大きくしたのは4月28日付け朝日新聞朝刊の報道である。
「トルシエ監督解任」「W杯、ベンゲル氏で調整」と、大阪本社発行の紙面では1面に4段見出しだった。スポーツ面にも「ベンゲル氏受諾で決断」と関連記事を載せている。スポーツ新聞は、それまでにも興味本位で解任の推測を取り上げていたが、朝日のような一般紙が1面で大扱いするとなると「これは本物」と思うのが常識である。
読売と毎日も、その日の夕刊で「トルシエ監督解任へ」とあとを追った。ライバル紙の特ダネを「あと追い」する以上は、それぞれ間違いのない関係者にあたって確認したうえのことだろう。
もっとも、後任候補のベンゲル氏については様子がおかしくなった。ロンドンから、アーセナルの広報担当の談話として「アーセナルとの契約は2002年の6月まである。ベンゲル氏は、この約束を守るといっている」というニュースが入った。
一方、日本サッカー協会は、森健兒専務理事が記者会見して、朝日の報道を否定した。「トルシエ監督の契約更改については、強化推進本部を中心として現在、鋭意検討中であり、未だ結論に達しておりません。朝日新聞の報道にあるような、協会として『契約を延長しない方針を固めた』とあるのは事実無根であり、誠に遺憾であります」というのが、協会の広報から送られてきたファクスの文面である。
情報源は誰か
協会の発表文を、そのまま載せた新聞はほとんどなかった。「協会として」「延長しない方針」を手続き的には「固めて」いないにしても、実際には「強化推進本部では」方針を固め、その方向で進んでいると新聞社は考えたのだろう。信用できる情報源から取材していれば、協会の形式論での否定を、額面どおりに受け取らないのは当然である。
それでは、朝日に特ダネを提供し読売、毎日のあと追いに確認を与えた情報源は誰かということになる。
岡野俊一郎会長と森専務理事は、多くの報道陣の前で「まだ決まっていない」と否定し続けている。考えられるのは強化推進本部の釜本邦茂本部長、大仁邦彌、木之本興三副本部長、あるいはその周辺だろう。
朝日の報道の翌日の4月29日に、ぼくは出張先の新潟で地元新聞を読んでいて、おもしろい記事を見付けた。おそらくは通信社の配信である。
「背景にトルシエ監督降ろしへと動く協会内の一部の意図的な思惑が働いていたとも勘繰れる。活字になることで、流れを既成事実化することを望んだグループの存在を否定はできない」
ふーむ、なるほど。トルシエ監督が、Jリーグ批判をするので、にがにがしく思っている人たちがいることを、ぼくも聞いたことがある。
強化推進本部の意見をきいて最終的には5月25日の理事会で審議することになるはずだが、理事会の流れを「解任」の方向へ誘導する意図があったのかもしれない。
協会の内部分裂
一般紙の報道は。やがて沈静化したが、スポーツ新聞は、ますます勢いづいた。
5月1日付けの日刊スポーツには、森専務理事が「10月まではトルシエがやる。再契約するかどうかは、それ以降のこと」と話したという記事が載っている。これに対して釜本本部長が「そういう発言は強化推進本部の権限を侵すもの」と反論したという。協会の内部分裂だ。
その翌日のスポーツニッポンには「木之本副本部長、森発言に激怒」と、さらに過激な記事が載った。木之本氏は興奮して、自分たちの意見が無視されれば「本部の解散も辞さない」といい「ちゃんと根回ししてやっている」と口走ったという。これでは、理事会で検討するのは茶番劇になる。奇々怪々の火元は、このへんかもしれない。
「強化推進本部」という名称の組織が、代表チームを支援しないで逆に足を引っ張るのはいかがなものかと思うが、それはともかく、およそ、重要な人事の問題を軽がるしく口にすべきではない。人事は熟慮断行、不言実行である。
代表チームの監督の人事は、強化推進本部の意見を聞き、理事会で審議するにしても、最終的には会長一任で決断すべきだと思う。
その前に感情的に振る舞ったり、自分たちの意見を通すためにマスコミを操作したりするようでは、組織の幹部としては失格だ。
人事をもてあそんではならない。そういうことをするようなら、強化推進本部を解散した方がいい。 |