若い日本代表チームが、みごとにシドニー・オリンピックへの出場権を得た。トルシエ監督のアジア予選の戦いぶりは、ほとんどパーフェクトに近かったといっていい。来年はオリンピック本番、さらに2002年へと、トルシエ魔術に大きな期待をかけたくなった。
カザフの先取点
「思い通りにはならないものですねぇ」
11月6日に東京の国立競技場で行なわれたカザフスタン戦のハーフタイムに、記者席の仲間が、こう話し掛けてきた。カザフスタンが1点リードしている。「日本の楽勝」と信じていた仲間にとっては、意外な展開だったようだ。
ぼくは、カザフスタンが先取点をあげたことには驚かなかった。むしろ予想していた展開のなかの一つだった。
カザフスタンは、この試合に勝たなければ望みがない。日本は引き分けでもいいし、負けても次のタイとの最終戦に勝てばいい。そういう立ち場だから、カザフスタンが積極的にゴールを狙い、日本が慎重になるのは予想できたところである。
カザフスタンには個人としては、なかなかの選手がいる。逆襲から一発を狙う力は十分ある。遠征の疲れの影響が少ない前半のうちが、カザフスタンのチャンスだろう。
チーム力は日本が上で、守りは固いから、カザフスタンが点をとるとすれば、フリーキックか、コーナーキックからではないか。そこを警戒しなければならない、とも思っていた。
前半29分に右寄りのフリーキックからシェフチェンコがヘディングでゴール。身長1メートル65と小柄だが、技巧的で鋭い中盤の攻撃プレーヤーである。
1メートル85のガリッチなど大型プレーヤーを警戒していたら、小柄なシェフチェンコにやられた形だった。
予想外の交代策
1点リードされても、後半に同点にできるだろうと思っていた。
カザフスタンは引き分けてはダメなのだから、同点になれば、無理に攻勢に出てくる。そうすれば、その裏をついて逆転できるだろうとも、考えていた。後半25分に同点、41分に逆転。44分に3点目。予想どおりである。
逆転勝ちの結果は意外ではなく、予想の範囲内だったのだが、びっくりしたのは逆転へ持っていったトルシエ監督の用兵である。
前半リードされて10分後の39分に第一の選手交代をし、酒井を右サイドに入れた。酒井は最終予選では初出場だが、トルシエ監督に攻撃的センスを買われているプレーヤーである。逆転への狙いで起用したのは理解できた。
びっくりしたのは、交代してフィールドを出ていったのが、遠藤だったことである。
遠藤は、稲本とともに守りと攻めとを兼ねた中盤のポジションにいる。この2人がトルシエの布陣の「かなめ」だと思っていたので。そのうちの1人を、あっさり引っ込めたのには、びっくりした。
後半開始のとき、第二の選手交代をし、前線の福田に代えて本山を出し左サイドに入れた。
前線には中田英寿(ヒデ)があがった。中盤からの攻撃の起点であるヒデをトップに出したのも、ぼくの予想の範囲外だったが、イタリアから戻って戦う強行日程の疲れが見えていたので、前線に張りつけて一発を狙わせるのは一つの手である。
勝負師の真骨頂
中盤の攻撃の起点には、左サイドだった中村俊輔がはいった。
この布陣替えはうまくいって、日本にチャンスは多かったのだが、カザフスタンのゴールキーパーのロリヤが好守を連発して防いだ。前に出る判断もよく、セービングもみごとだった。なかなかのゴールキーパーである。
後半22分、トルシエ監督は第三の選手交代をしてストライカーの高原を出した。点がとれないのだから、点取り屋をつぎ込んだのは当然の策である。
しかし、高原に代わってフィールドを出ていったのが、稲本だったのは、またまたショックだった。「かなめ」だと思っていた選手が2人ともフィールドから消えたのである。
実に思い切った選手交代だった。
試合後の記者会見でのトルシエの説明は明快だった。
「酒井を投入して、すばやい動きで攻撃力を増そうと思った」
「本山を入れ、中村をもう少し外側に出し、中田(ヒデ)をもう少し前へ出して空気の流れを変えることを狙った」
「監督は自分の構想している絵をずっと描き続けることができるものだろうかと、いつも考えている。しかし、きょうは積極的に試合を演出しようと試みた。リードされたから思い切った手を打ったのだ」
早め早めに選手交代のカードを切ったタイミングがみごとだった。それは十分に考えたうえでの思い切った用兵だった。勝負師トルシエの真骨頂だった。
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