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サッカーマガジン 1999年8月18日号
ビバ!サッカー

プロ野球選手の五輪出場
サッカーとは事情が違う?

 シドニー・オリンピックの出場権をかけたアジア予選が、いろいろなスポーツで行なわれている。日本のサッカーは1次予選を突破して10月から最終予選を戦うが、野球も9月にソウルでアジア予選がある。その日本代表にプロ野球から8人が選ばれたことについて…。

松坂投手の喜び
 プロ野球のスター新人、西武ライオンズの松坂大輔投手がオリンピックに出場するという。
 まだ、決まったわけじゃない。野球のシドニー・オリンピック出場国を決めるアジア予選が、9月に韓国のソウルである。それに出場する日本代表野球チームの1次登録30人のなかにプロ野球選手が8人加わり、そのなかに松坂投手も入った。順調にいけば、アジア予選でエースとして登板することになるだろうし、予選を勝ち抜けば、来年はシドニーへ行くことになるだろう、というわけである。
 高校を出たばかりの松坂投手は、オリンピック代表になるチャンスを与えられて、とても喜んでいるという。「日の丸のユニホームを着てオリンピックに出られたらいいなと、中学生の時から、あこがれていました」という談話が新聞に出ていた。
 プロ野球の選手が加われば、強い日本代表チームを編成できる。これは日本の野球界全体にとっては、いいことだと思う。
 日本では一流選手は、ほとんどプロに行ってしまう。だから、これまでのようにアマチュアだけの選抜では、本当の日本代表とはいえない。最強チームを編成してくる外国チームに対抗するには、こちらもプロを加えて最強チームを編成しなくてはならない。
 プロ野球にとっては、PRの機会でもある。日本人はオリンピック好きで、テレビの視聴率も高い。オリンピックに協力すれば、いいイメージがふくらむだろう。

マイナスの要素
 とはいえ、プロ野球にとって、マイナスの要素もある。
 第一に、アジア予選のある9月はペナントレース終盤の大事な時期である。ここで主力選手を提供するのは、優勝争いをしているチームにはつらい。
 第二に、プロ野球は興行だから、スター選手が、一時的にせよ、いなくなっては入場者数にも、テレビの視聴率にも影響する。プロは商売第一のはずである。
 第三に、選手個人としても、本来のビジネスに影響する。日本代表の名誉だけで、仕事を投げ出してオリンピックに出場すれば収入が減るはずである。今回は所属球団が給料を削ることはないようだが、オリンピックに協力している期間は、ペナントレースで勝ち星を挙げられないわけだから個人成績には影響する。
 そういうわけで、シドニー・オリンピック予選のための日本代表チームに、プロ野球は必ずしも、全面的に協力したわけではなかった。
 アマチュア野球連盟が希望を出し、プロ野球側が合意した8人が選ばれたのだが、そのうちセ・リーグの選手は、ヤクルトの古田捕手と広島の野村内野手の二人だけである。
 セ・リーグの巨人は渡辺オーナーの意向で最初から非協力的だったという。優勝争いに目の色を変えているなかで、新エースの上原や強打者の松井を提供する気には、ならなかったのだろう。
 パ・リーグは、人気の点でセに押されているから、協力することのメリットが大きかったのではないか。

ブランドの魅力
 それにしても、プロの選手がオリンピックに喜んで協力するなんて、予想外だった。 
 1980年代になって、アマチュアリズムが崩壊し、プロ選手のオリンピック出場を認めようということになったころ、実際には一流のプロはオリンピックには出ないだろうとぼくは想像していた。ぼくの頭のなかにサッカーの「考え方」が、しみついていたからである。 
 サッカーでは、ワールドカップのほうがオリンピックより、はるかに重要である。一流のプロ選手はワールドカップ出場をめざす。ワールドカップに出れば、名声が上がるだけでなく、ちゃんと報酬ももらえる。トップクラスのプロが無償でオリンピックに出たがるなんて考えられない。
 そういうサッカーの事情を知っていたから、他のスポーツでオリンピックにプロの出場を認めても、実際には一流のプロは出場しないだろうと考えていた。オリンピックではギャラも賞金も出ない。一人前のプロが仕事を犠牲にしてまで出場するはずがないと思ったわけである。 
 この予想は、まったくはずれた。 
 1992年のバルセロナ・オリンピックのバスケットボールには、米国のプロNBAの選抜が「ドリームチーム」として出場した。 
 そして今回は、日本のプロ野球選手が、喜んでオリンピック参加を希望している。 
 「オリンピック」というブランドの魅力は、ぼくの想像よりも、はるかに大きなものらしい。


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