テレビの世界が大きく変わろうとしている。 21世紀の初めまでに、デジタル化によって本格的な多チャンネル時代に入るからである。そうなると、サッカーもリーグの全試合を中継することができるようになるかもしれない。その時は、放映権をクラブの手に任せてはどうか。
学会研究会で報告
梅雨に入る少し前、6月の12日に大阪の関西大学を会場に「日本マス・コミュニケーション学会放送部会研究会」と称する会合があり、そこで「デジタル時代の放送とサッカー」と題する報告があった。アカデミックな学会でサッカーが取り上げられるとはうれしいではないか。
で、報告したのは誰かって?
何を隠そう。サッカー・マガジン誌上では34年の研究を重ねている「ビバ!サッカー」の大先生である。
「なーんだ。そりゃ権威がない」という声が、たちまちにして聞こえてきそうだが、しかし、マス・コミュニケーション学会は、大学の研究者と言論界の有識者が会員になっている日本最大級の学会なのである。
とはいっても、ぼくを報告者に推薦したのは、関西大学の名だたるサッカーファンの先生で「たまには、むずかしい学問でなく、雑学の話も聞いてみよう」と考えて、新聞記者出身のジャーナリストであるぼくに声をかけたのが真相のようだった。
それでも、ぼくは身に余る光栄に感激し、緊張して出掛けた。行ってみると、かたや学界からはマスコミ学の大御所がおみえになり、かたや言論界からはNHK放送文化研究所のそうそうたる研究員がくつわを並べて、東京からおいでになるというたいへんな事態だった。
「これはアウェーでの試合のようなものだ。守りを固めて引き分けを狙うほかはない」と、ぼくは話をマスコミや放送の理論ではなく、サッカーのほうに引き寄せるように努力をして報告した。
地域クラブの収入源
ぼくの報告の大筋は、こうである。
世界のサッカーは、プロアマ共存の地域のクラブから成り立っている。プロのサッカーチームも、地域のスポーツクラブに属している。そういうクラブチームが、Jリーグのような全国リーグを組織している。
プロのチームの収入源は何か。
それは、第一に入場料である。入場料収入は伝統的に、試合を主催する地元クラブのものである。
20世紀の終わりごろになって、看板広告などのスポンサー収入も入るようになった。副次的収入ではあるが、これも原則としてクラブのものである。
ところが最近は、入場料収入よりも、テレビの放映権収入のほうが大きくなってきた。それでは、放映権収入は誰のものか?
Jリーグでは、放映権はリーグが一括して扱っていて、クラブの直接の収入にはなっていない。
イングランドでもそうで、プレミア・リーグは、380試合のうち60試合の放映権をBスカイBという衛星放送の会社に一括して売っている。
テレビのチャンネルが少なかった時代は、これは納得のいく方法だった。チャンネルが少ないのだから、すべての試合を放映することはできない。多くの人がみなサッカー中継を楽しめるように、また多くの試合のなかから、いい試合を公平に選んでテレビ中継するようにするためには、Jリーグが一括してテレビ放映を配分するしかない。
しかし、時代は変わった。これからは多チャンネル時代である。
多チャンネル時代
映像をそのまま送るのではなく、コンピューター技術を使って、0と1というような2種類の信号に変えて送るのをデジタル化という。デジタル化すると大量の映像を短い時間で送ることができる。
そのうえに、通信衛星や光ファイバーなどの大容量の通信回線が普及してきた。
それで始まったのが、テレビの多チャンネル時代で、すでに日本でも有料の衛星放送を加えて、300チャンネルに近い番組のなかから選んで受信できるようになってきた。
そうなると、サッカー・リーグの全試合を中継することは技術的には可能になる。2〜3の試合を選んで中継してもらうために、リーグが一括して放映権を扱わなくても、一つ一つのクラブが、それぞれ自分の試合を放映するよう交渉してもいい。
現にイタリアでは、そうなっているし、イングランドやフランスも、現在の契約が終わったら、今後はクラブごとの契約になるだろうといわれている。
「入場料だけでなく、テレビ放映権料もクラブの収入になれば、地域に根ざすクラブのサッカーが、経営しやすくなるのではないか」という気がする。企業から見放された横浜フリューゲルスやベルマーレ平塚のようなクラブが、地域ぐるみで再建されるとき、放映権料を直接、交渉することができれば、経営のしがいもあるだろう。
むずかしい問題もあるだろうけど考えてみる価値はあるんじゃないかと、ぼくは研究会で報告した。
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