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サッカーマガジン 1999年6月9日号
ビバ!サッカー

Wカップのメディア論(10)
激しいハイテク速報競争

 ワールドカップは、マスメディアにとっては、新しい情報通信技術の競争の場である。フランス大会で登場した、いろいろな新技術のなかから、写真速報のハイテク競争を取り上げる。 2002年には、さらに新しい技術がベールを脱ぐことを予想しておかなくてはならない。

スポーツは発明の母
 「戦争は発明の母」という人がいる。戦争のために、いろいろな兵器が開発され、技術が進歩する。たとえば飛行機は第1次世界大戦のときに実用化され、第2次世界大戦で急速に発達した、というわけである。
 これは物騒な話である。技術は進歩しなくてもいいから、戦争はやめてくれ、といいたくなる。
 平和な時代には、スポーツが「発明の母」である。20世紀の後半は、オリンピックとワールドカップが、マスメディアの技術競争の場となった。こちらのほうは、激しく争っても物騒ではない。
 ワールドカップ・フランス大会のときには写真の新兵器が登場した。デジタルによる撮影と電送である。
 試合のとき、フォトグラファーはゴール裏に陣取る。そこで撮影した写真のフィルムをどうするか。
 1枚撮影したら、さっと引き上げて本部あるいは支局の暗室に戻って現像、焼き付けをして本社へ電送する、というわけにはいかない。
 ゴール裏で撮影できる権利は貴重だ。1枚だけ撮って放棄するわけにはいかない。引き続き居座って、次の場面、次の場面とシャッターを押し続けなければならない。
 そこで撮影済みのフィルムを、ゴール裏まで取りにいくメッセンジャーが登場する。試合中に撮影済みのフィルムを受け取り、暗室へ届ける「お使いさん」である。
 これも、なかなかわずらわしい。
 そこで、撮影した画像を、ゴール裏から即時電送することを考えた社が現れた。

ゴール裏から電送
 ゴール裏からの「撮影即電送」に使われたのは、電子カメラ、通称デジカメだった。
 デジカメはフィルムを使わない。現像、焼き付けの手数がない。ただフィルムに比べると画質が粗いので初期には、新聞社では緊急の場合のほかあまり使われていなかった。しかし、最近のデジカメは画質が急速によくなってきて、十分役立つようになってきている。 
 デジカメで撮影した画像は、電送も簡便である。デジタルでそのまま送れる。0と1の信号の組み合わせでできている画像を、そのまま送ればいい。コンピューターの発達で機器はきわめて小型軽量になっている。
 ゴール裏に、電子カメラとともにトランシーバーを持ち込む。「感度ありますか。どうぞ」などといって片道通行で交信している無線電話である。ウォーキー・トーキーともいっている。携帯電話でもよさそうなものだが、トランシーバーのほうが、混線の心配が少ないのだそうだ。
 トランシーバーでは、それほど遠くまでは電波が属かない。そこで競技場内あるいは競技場に隣接した場所にアンテナを立てておく。そこで電波を受けて、そこから電話回線で本社の写真部へ送るというシステムだった。
 フランス大会で、このシステムを使って写真速報競争を制したのは、イギリスのロイター通信社である。
 「どの試合でもロイターの写真が、いちばん早く届いたね」と、東京の新聞社の友人が言っていた。

シャッターを押す機械?
 日本の読売新聞社もロイターと同じ方式を工夫したらしい。しかし速報性ではロイターの勝ちだった。
 技術的な違いはなかったようだが、読売がロイターに遅れたのには、二つの事情がある。 
 第一の事情は、ロイターは国際通信社で、読売は日本の新聞社だということである。国際通信社は、地球上いたるところにある新聞と契約しているから、どの地域の新聞の締め切り時間にも間に合わせなければならない。つまり常時、締め切りである。一方、日本の新聞は、自分の国の発行時間に合わせて、締め切りに間に合うように電送すればいい。つまり新聞社と通信社では速報の感覚が違う。
そういう背景があって、第二の事情が生まれた。
 読売のフォトグラファーは、ゴール裏でデジカメで撮影した画像のなかから「これを」と思うのを選んで説明を書いて付けて電送した。これはフォトグラファーとしては、まっとうな方法である。 
 一方のロイターは、シャッターを押すたびに、画像をそのまま次つぎに本社へ電送するようにした。実際に配信する写真は本社で選び、写真説明も本社でつけた。本社でテレビ中継を見ているから、どの場面の画像かはわかる。だから説明を書けるわけである。 
 「それじゃ、われわれは、シャッターを押す機械に近いよな」と、職人気質のフォトグラファーの友人が嘆いていた。
 これはハイテクと報道に関する新しい問題なのかもしれない。


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