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サッカーマガジン 1999年5月5日号
ビバ!サッカー

Wカップのメディア論(7)
記者登録のボーダーライン

 ワールドカップを取材するジャーナリストやカメラマンの数には当然、限度がある。世界中からくる取材申し込みを、どのようにコントロールするかは、むずかしい問題である。日本では全国的な新聞通信社を優先するのが当然だと考えがちだが、世界の常識は必ずしもそうではない。

アクレディテーション
 陸上競技の世界室内選手権大会が3月に前橋で開かれたとき、プレスセンターでメディアサービスを担当した。そのときの話である。
 開幕前日に、報道入り口の受け付けの係員が「変な外人が来て困ってるんです。助けてください」と泣き付いてきた。
 フランスから来たカメラマンが、受け付けにきて「登録してないが取材させろ」と頑張って引き下がらないのだという。
 ぼくは、担当ではなかったのだが、たまたま、ほかに人がいなかったので、やむなく応対に出た。
 そのフランス人は、パートタイムのカメラマンだった。本業は会社員だが、スポーツ・カメラマンとしての仕事もしている。雑誌などに作品が掲載された実績もある。わざわざパリから来だのだから取材させてくれ、という。
 こういう大会を取材するときは、あらかじめ取材登録をする。これをアクレディテーションという。
 このカメラマンも、あらかじめフランスからアクレディテーションの申し込みをしたのだが、登録希望が多くて枠が少なく、認められなかった。フリーランスでもいいのだが、フルタイムではなく、セミプロで実績が少ないので、優先順位が低くてダメだった、という話である。
 「でも大会直前のいまになれば、登録していても、やってこないカメラマンがいて、枠に余裕が出ているはずだ。はるばるパリから来たんだから取材させてくれ」というのが、そのパリのカメラマンの主張だった。

パートタイムのプロ
 ぼくの気持ちとしては、このパリのカメラマンにアクレディテーションを出してやりたかった。はるばるフランスからやってきて、現実にはカメラマンの枠に余裕がないわけではなかったからである。
 しかし、ぼくはカメラマンの担当でもないし、取材登録の担当でもない。規則を解釈して、面倒を見る立場にはない。
 「ぼくの立場では、取材登録を出せない。フランスの陸連か、IAAF(国際陸連)に話してほしい」と責任を転嫁するほかはなかった。責任転嫁とはいっても、手続きとしてはこれが正しい。しかし大会は翌日からだから、筋どおりにやったら間に合わない。認めるのなら現場で裁量しなければならないところである。
 これは一筋縄ではいかない問題である。
 一つのポイントは、パートタイムのプロに取材を認めるかどうかである。日本ではパートタイムのプロ、ないしはセミプロという立場には、なじみが薄い。一人の人間は一つの職業だけを持っている、と思うのが常識である。
 しかし、欧米では必ずしも、そうではない。一人の人間が、いろいろな仕事を持っている。「マルチ・チャンネル」である。パートタイムのプロにも市民権がある。 
 もう一つのポイントは、手続きである。はるばるパリから来て、こちらには枠に余裕があるのだから、多少、実績は乏しくても、現場の裁量で認めてやろうじゃないか、と融通をきかせられるかどうかである。

フリーランス
 実は、ぼく自身、新聞社に勤めていたとき、このパリのカメラマンと似たことを試みた経験がある。
 イタリアへ出張していて、たまたま近くの町でサッカーの国際試合があった。事前に登録はしていなかったが、これも取材することにした。
 プレスの入り囗で「日本の新聞社から来たのだから取材させてくれ。記者証を持っている」と頑張った。
 受け付けの係員は困惑して、奥の部屋に相談に行く。役員が出てくる。ここまではフランスのカメラマンのケースと同じだが、その先が違った。
 出てきた役員が「ジャーナリストの証明を持っているか?」と聞く。日本の新聞社の社員証を持っていたが、これは通用しない。しかし、国際スポーツ記者協会(AIPS)の身分証明書を持っていたのが役に立った。
 「いいだろう。ここで登録してくれ」と現場の裁量で認めてくれた。
 このAIPSは、ヨーロッパ中心の組織で日本や米国では、あまり通用しないが、個人登録だから、ヨーロッパでは、一匹オオカミのフリーランスが、このカードを持って仕事をしている。
 ぼくの場合は、大きな新聞社に属していることは、ものをいわなかった。しかし、個人としての資格を証明してくれるカードはものをいった。
 これは国情の違いだろうか?
 フリーランスの扱いは、ヨーロッパでも、難しい問題にはなっているが、日本よりは社会的に認められている。


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