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サッカーマガジン 1999年4月21日号
ビバ!サッカー

Wカップのメディア論(5)
技術の進歩と国情の違い

 ワールドカップのときのメディア対策について考えてきた。取材者登録から始まって、施設や輸送や宿舎や通信設備の提供、情報サービスなど、これはいちばんたいへんな仕事である。世界のあらゆる国から報道陣が来るので、国情の違う国の人びと全部に満足してもらうのは難しい。

通信技術の進歩!
 大学でジャーナリズムについて教えている。最初の講義のとき、学生たちに、ちょっとオーバーな自慢をする。
 「ジャーナリズムの情報通信の歴史を講義するのに、ぼくほど適当な人間はいない。40年前、ぼくが新聞社に入ったときは屋上に鳩小屋があり机の上には電報頼信紙があった」
 つまり、伝書鳩で写真のフィルムを本社に届けたり、カタカナの電報でニュースを送ったりしていたわけである。
 「そのうち外国からはローマ字のテレックスで原稿を送るようになった。やがてファックスが発明され、さらにコンピューター通信になり、いまでは携帯電話にパソコンをつないで、衛星通信で原稿も写真も送るようになっている」
 つまり、ぼくたちの世代は、伝書鳩からパソコンの衛星通信まで体験している。そういうスポーツ・ジャーナリストで大学で教えているのは「ぼくだけだ」というわけである。 
 通信技術の進歩のおかげで、ワールドカップ・フランス大会での仕事は、1970年に初めてワールドカップを取材したメキシコ大会にくらべれば、きわめて快適だった。しかし、メディア・サービスを提供する大会当局の側としては実は、コンピューター化で便利になったとばかりはいえない面がある。
 というのは、国によっては、まだ情報通信の新しい技術が、それほど普及していないところもあり、そういう国からも、取材の記者が来るからである。

国情と技術の違い
 ワールドカップには、世界のほとんど、あらゆる国からジャーナリストやカメラマンがやってくる。米国のように最先端の情報技術が普及している国もあれば、電話がやっと通じているという国もある。
 そういうわけだから、メディア・サービスを提供するのに、最先端の技術で便利なものを用意しても使えない国の人も出てくる。逆に、もっとも技術レベルの低い国に合わせると先進国の記者はお手上げになる。
 フランス大会で、こんなことがあった。
 各会場のメディアセンターのなかに、スポンサーのフィルム会社が現像サービスのオフィスを開設する。
 カメラマンが撮影したフィルムを持っていくと、1時間以内で現像して返してくれる。無料である。
 日本や欧州の大部分の国のカメラマンは、これを活用していた。
 急ぎの写真は電子カメラで撮る。いわゆるデジタル・カメラ、通称デジカメである。プロ用のものは、かなり鮮明な画像が得られるようになっていて、新聞の写真には十分に使える。
 デジカメは、現像する必要がないだけでなく、その場でパソコンの画面で選んで、トリミングして、パソコン通信で本社へ送信することができる。迅速で便利である。
 とりあえず、デジカメで送っておいて、1時間後に現像が出来上がったフィルムを受け取って、カラー電送する。雑誌のグラビアなどに使うためには、現状ではスライドのフィルムのほうが美しい色が出る。

すべての人に満足を
 ところが、フランス大会のときに南米のある国のカメラマンたちは、仲間といっしょに、カメラマン控え室の一角を区切って、白黒フィルムの現像と電送の場所を作っていた。
 聞いてみると、これには二つの理由があった。
 一つの理由は、メディアセンターの現像サービスは、カラーしか扱っていなかったことてある。そして、もう一つの理由は、時差の関係で自分の国の新聞の原稿締切までに、あまり時間の余裕がないことである。
 「自分の国の新聞でもカラー印刷をやっているけど、カラー印刷は時間が掛かるから、ワールドカップの写真をカラーで送っては締切に間に合わない。だから白黒で送る機材を用意してきたんだ」という話だった。
 カラー写真で撮って、白黒で使うこともできないわけではない。しかしカラーは3つの色に分解するから電送にも印刷にも時間が掛かる。白黒を自分で現像して電送したほうが早いというわけである。
 デジカメで撮影してパソコンで電送する技術は、たぶんまだ普及していないのだと思った。
 こういう技術は、いまや日進月歩である。前回の大会の例で対策を立てていると最先端の国から来た報道陣からは不満が出る。といって、最先端の設備だけ用意すると、多くの国の報道陣には役に立たない。
 すべての人を満足させるのは難しいが、ワールドカップでは、それをやらなくてはならない。2002年は日韓共催だから、ますます、たいへんである。


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