ワールドカップのような大きな国際スポーツ大会では、メディアに対するサービスは至れり尽くせりである。とくに情報提供は、コンピューターの発達のおかげで利用する側にとっては非常に便利になった。しかし提供する側には、大がかりな組織と仕組みが必要である。
ニュース提供のねらい
スポーツの世界選手権大会などでは、報道関係者に取材の便宜をはかるだけでなく、情報、つまりニュースを提供するサービスが行なわれる。
前号に書いたような、そういう説明を聞いて、友人が疑問を呈した。
「ニュースまで提供するのか? それじゃ、新聞記者は取材しなくたって記事を書けるじゃないか?」
答えは、イエスでもあり、ノーでもある。
大会を組織する側は、記者たちが取材するためにサービスを提供するだけでなく、組織者側自身も大がかりな取材体制を作り、ニュースそのものを記者たちに提供する。その情報だけで、記者たちは坐っていても記事が書けるほどである。
「過剰サービスじゃないのか。あるいは都合の悪い記事を書かれないように、情報操作をしているんじゃないのか」
友人の疑問に答えると、情報提供サービスをする理由は二つある。
一つの理由は、大会の記事、あるいは、そのスポーツの記事を、たくさん書いてもらいたいからである。お米屋さんが、ほかのお店にお客をとられないように、戸別配達のサービスをするようなものである。
もう一つの理由は、取材攻勢による混乱を防ぐためである。狭い競技場や練習場に、おおぜいの取材陣が殺到すると選手たちが迷惑するし、大会運営の邪魔にもなる。その被害を最小限にするために、多くのジャーナリストが共通に必要としているような情報は、まとめて提供するわけである。
フランス大会の場合
提供する情報には、いろいろな種類がある。
第一は競技結果の記録である。これを「リザルト」と呼んでいる。陸上競技などでは、完全にコンピューター化されていて、ほとんど人手をかけずに新聞の紙面に現われる。サッカーの場合は、記録をとる部分では人手を要するが、陸上競技ほど細かく精密である必要はない。
第二は監督や選手の談話である。これは、放っておくと記者たちが殺到するから、適切な規制とサービスが必要である。前号に書いたように陸上競技では特別のチームを編成して「フラッシュ・クォーツ」として提供している。
サッカーのワールドカップの場合は、試合が終わったあとだけでなく、大会期間中のキャンプでのニュースまで必要になる。フランスのワールドカップでは、そのために非常にいい組織が作られていて、コンピューターで英語、フランス語、スペイン語で提供した。どこの競技場のメディアセンターでも自由に検索できるので非常に便利だった。
第三は特別な出来事の「インフォメーション」である。ワールドカップでは、大会中に起きたトラブルやFIFA(国際サッカー連盟)の会議などの決定事項をコンピューターでニュースとして検索することができた。これを、しっかりやるには大きな新聞社や通信社並みの体制が必要である。
ワールドカップ・フランス大会の情報提供サービスはその点で史上最高だった。
ミックスゾーン
世界選手権クラスのスポーツ大会では、このように至れり尽くせりの情報提供サービスが行なわれる。新聞記者は坐っていても記事が書ける。
じゃ、それで記者たちは満足するかといえば、そうはいかない。
新聞や雑誌はたくさんあるので、どのメディアにも同じ記事が載っていたのでは商売にならない。ほかとは違う独自の取材が必要である。
とはいえ、これを自由な競争に任せておくと現場が大混乱になる。そこで考えられたのが「ミックスゾーン」である。
これは競技が終わったあと「選手たちと記者たちが自由に接触できる場所」という意味である。ぼくの知っているかぎり、ミックスゾーンが登場したのは、1984年のロサンゼルス・オリンピックからである。
競技が終わったあと、監督や選手は必ず一定の場所を通らなければ、控室に戻れない、あるいは帰りのバスに乗れないようになっている。
その場所に取材する記者たちも、入れることになっていて、そこでだけ、記者たちが選手たちに声をかけるチャンスがある。選手ゾーンと取材者ゾーンの間に簡単な仕切りがあることもあるし、自由に入りまじれるようになっている場合もある。いずれにせよ、そこで独自の取材ができるわけである。
このように、スポーツ大会のメデイアの扱いは、いろいろ複雑になっている。2002年のワールドカップのメディア・サービスについては十分な知識と先見性をもって、周到に計画を立てる必要がある。
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