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サッカーマガジン 1999年3月24日号
ビバ!サッカー

Wカップのメディア論(1)
違いを乗り越えるために

 2002年のワールドカップのときに、いちばん難しいのは、メディア対策だろう。競技そのものは、世界共通のルールで行なわれるから、どこの国で大会を開いても、大きな違いはないが、新聞やテレビの仕事は各国の文化の違いを増幅して反映しているからである。

前橋の室内陸上で
 3月5〜7日の世界室内陸上選手権大会のメディア対策のお手伝いをするために群馬県の前橋にきた。世界各国からやってくる記者とカメラマンが合計約250人。その便宜をはかるとともに、トラブルがないようにコントロールする仕事である。
 陸上競技では、1991年に東京で開かれた世界選手権以来、こういう仕事を何度も手伝っている。サッカーでは、取材する側としてワールドカップなどを長年にわたって経験してきた。その経験を陸上競技会で役に立てているわけである。
 さて、前橋の世界室内陸上でも、いろいろなことがあった。
 利根川沿いにあるグリーンドーム前橋が会場だった。ここは1990年に完成した大きな室内イベント施設である。前橋競輪の行なわれる自転車のトラックがあり、その内側に板張りの走路などを仮設して陸上競技場にした。
 地下の広いホールに机を並べて、ここを報道陣の仕事場所であるプレスセンターにして、開幕2日前にオープンした。その初日にやってきたヨーロッパの記者が、まず苦情を言ってきた。
 「机の上にある電源のコンセントが合わない。これじゃ、パソコンを使えないじゃないか」
 電気のコンセントの形が国によって違うのは、国際的に仕事をしている人は誰でも知っている。ジャーナリストが外国に出張するときには、いろいろな形のアダプターを持っていって自分の機器のプラグとコンセントの間にはさんで使っている。

規格の違いを知る
 このヨーロッパの記者が、コンセントのアダプターを用意してこなかったのは、本人のお粗末で、大会を組織した側の落ち度ではない。
 それでも、その記者は苦情をいい、ボランティアで世話をしている要員が懸命に市内の電気店や旅行用品店に電話をかけまくってアダプターを探してあげた。しかし、日本のお店では、日本の旅行者が外国に行くときに持って行くアダプターは何種類も用意しているが、外国人が日本へ来たときに使うアダプターは、ふつうは売っていない。それは当たり前である。にもかかわらず、アダプターを手に入れられなかった、その記者の捨て台詞は「ヨーロッパなら売っているんだが…」というものだった。
 もう一つ、似ているようだが違うケースもあった。
 プレスセンター内に用意してある公衆電話に自分のパソコンをつないで、記事を本国に送ろうとしたギリシャ人の記者がいた。ところが何度試みても通じない。音声で電話をかければ通じるのだが、パソコンを使った通信ができないのである。
 これは、その記者の持ってきたモデムが日本の電話の規格に合わないためらしい。電話会社の人が持ってきてくれたモデムを使ってみてもらったら、たちまち通じた。日本の規格のモデムは、もちろん、日本ではどこでも売っている。
 このケースでも、コンセントのアダプターと同じように「日本の規格のものを持ってくるべきだ」といえるだろうか?

幅の広い視野と考え
 モデムの場合は、大会組織委員会が取材登録をした外国の記者に「モデムはこちらでは用意しません」と通知してあった。
 しかし、自分の国の規格のモデムが日本では使えない場合があることは、それほど広く知られているとはいえない。したがって「組織委員会が用意してくれないのなら、自分のを持っていこう」と考えるのは当然である。日本へ来てから、それが使えないことを知ったら、苦情を言いたくなるのは無理もない。
 この場合は「あなたの国の規格のモデムは、日本では使えないことがあります。その場合は日本規格のモデムを、お貸しします」と、あらかじめ報せておくべきだったのではないだろうか。
 日本で買ってもらってもいいのだが、大会後に本国へ持ち帰っても役に立たないものだから、ここは、われわれ大会組織委員会が無料で貸し出すくらいのサービスをしても、よかったのではないかと思う。
 これは規格の違いであると同時に「ものの考え方」の違いである。 
 コンセントのアダプターを持ってこなかった記者は、各国の事情の違いを知らなかっただけでなく、それを解決する考えも甘かった。 
 パソコンで記事を送るためのモデムの場合は、日本と外国の事情の違いについての思いやりが足りなかった。
 国際大会で重要なのは語学力ではない。世界の国の事情についての広い視野と、その違いを乗り越えるための幅のある考え方である。


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