ワールドカップの交通・輸送対策には、会場都市の市内でのスタジアムへのアクセスの問題もある。この対策は都市によって、それぞれ違いがある。これは、ワールドカップのための特別の対策ではなくて、ふだんからサッカーの試合のときに行なっている日常的な対策である。
☆スタジアムへの往復
ワールドカップのときの交通・輸送は、会場の町へどのようにして往復するかだけが問題ではない。その町のなかで、どのように動けるかも問題である。
これも「行きは良い良い、帰りは恐い」である。
試合は午後か夜だから、行くための時間の余裕はたっぷりある。なるべく早めに出掛けて、試合が始まるまで競技場の周辺か、スタジアムのなかで、ゆっくりと雰囲気を楽しむことを、お勧めする。
だが帰りは問題である。数万人の観客が、どっとスタジアムから吐き出されて鉄道や地下鉄の駅に殺到する。あるいはバスに乗ろうと押し合いへし合いする。タクシーをつかまえるのは至難のわざである。
フランス大会のとき、マルセイユのスタジアムは、地下鉄の駅のすぐ上だった。階段を上がると競技場の門前だった。行くときは非常に都合がいい。
ところが帰りはたいへんである。スタジアムの入り口から地下鉄の入り口まで距離がないから、その間に群衆がひしめきあって身動きがとれない。試合が終わってから1時間くらいたって、地下鉄に乗ろうとスタジアムを出たら、まだ大混雑だった。
その人ごみにもまれているときに後の方で声がしだ。
「みなさん、スリに気を付けてくださいよ。スリがいますよ」
ご丁寧に、ぼくのすぐそばにいた人が英語で教えてくれた。
「スリがいるそうですよ。財布は大丈夫ですか」
☆歩いて行くのがいい
過去に苦い経験をしたことがあるから、ぼくにはすぐ分かった。
こういうときに慌てて、胸のポケットに手をやってはいけない。財布がここにあるよ、とスリに教えてやるようなものである。つまり警告をしてくれた人とスリは「ぐる」なのである。
話を本筋に戻すと、スタジアムへのアクセスは、あまり便利すぎるとよくない、ということである。
近くの駅からスタジアムへは、ちょっと歩かなければならないくらいの距離があったほうがいい。ぼくの考えでは、20分か30分くらいは歩いたほうがいい。歩いている間に人ごみがバラけて、駅での混乱が緩和される。
日本がアルゼンチンと試合をしたツールーズのスタジアムは、地下鉄の駅から歩いて15分ほどの場所にあった。試合が終わったあと、ぶらぶら歩いても、たいしたことはない。
この間には無料のバスも動いていた。
スタジアムは川の中洲にあって、川の外側までは、いずれにせよ歩かなければならないのだが、橋を渡ったところに、試合終了に合わせて次から次へと無料の市営バスがくる。バスに乗るには、かなり人ごみに、もまれなければならないが、それがイヤなら、歩いても時間的には同じくらいである。
サンテチェンヌも、鉄道の駅から無料のバスが往復していたが、歩いても20分くらいだった。
リヨンでも駅からバスが往復していだが、これは有料だった。
☆日常の文化の一部
さて、このように市内のスタジアムへのアクセスの方法は、さまざまだが、実は、これはワールドカップのための対策ではなくて、それぞれの町で、ふだんからサッカーの試合の日には行なわれている方法なのである。
つまりワールドカップのための特別措置ではなくて、その町のサッカー文化の一部である。サッカー文化は町によって、それぞれ、多少の違いがあるので、バスが有料だったり、無料だったりするわけである。
「日本には、そんなサッカー文化はないから、真似するのは無理だ」と考える人がいるかもしれないが、そうではない。
Jリーグのベルマーレの試合を見に行くために平塚に行ったら、JRの平塚駅前から、スタジアム行きのシャトル・バスが試合開始の3時間前から往復していた。しかし、行きも帰りも、バスを利用しないで、ゆうゆうと歩いている人たちも大勢いた。これは平塚のサッカー文化である。
似たようなことは、関西では万博競技場にあるし、鹿嶋にもある。Jリーグは各地のサッカー文化を育てている。
2002年会場候補地の新潟では、新潟空港から船で信濃川をさかのぼってスタジアムへ行く方法やJRの駅から楽しくスタジアムへ歩いていく方法が検討されている。
ワールドカップを機会に地域独白のスポーツ文化を生み出そうという試みである。
フランスにはフランスの、日本には日本の方法があるだろうと思う。
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