フランス対ブラジルの決勝
予想どおりの、そして期待どおりの欧州対南米になった!
決勝戦は理想のカードになった。フランス対ブラジル。20世紀最後のワールドカップを飾るにふさわしい欧州対南米の対決である。
ワールドカップは、フランス人のジュール・リメによって創設された。そのきっかけは、1920年代のアントワープとアムステルダムのオリンピックのサッカーで、南米のウルグアイが連続優勝したことだった。
「大西洋の向こう側に、こんなすばらしいサッカーがあるのか」と目を開いて、欧州対南米の対決する世界選手権のアイディアが浮かんだのである。20世紀の16回の大会を通じて、ワールドカップによって、ブラジルは世界最高のサッカー大国になった。だから、20世紀のフィナーレは、欧州対南米、それもフランス対ブラジルがふさわしい。
フランス大会に来る前、日本でよく「優勝の予想」を聞かれた。
「ぼくの本命はフランスだ」と答えると友人たちは意外そうな顔をした。「ブラジルじゃないのか?」
「実力はブラジルだろうな。でも欧州で開かれる大会で、南米のチームが優勝するのは難しい。これまでには1958年のブラジルの前例があるだけだ。フランス対ブラジルの決勝戦になればおもしろいと期待しているけど……」
決勝戦までの展開は、ぼくの予想がぴったり当たった。そして期待どおりだった。
優勝する力のある国は、過去の実績から見てほぼ限られている。
欧州では、ドイツ、イタリア、イングランド、オランダ、フランスである。南米からは、ブラジルとアルゼンチンだ。
欧州勢のなかでは、ドイツは代表の顔触れがベテランばかりで、新しい要素を持っていそうにないから、今回は無理だろうと思っていた。ドイツは準々決勝で敗退した。これは予想どおりである。ただし、ドイツを倒したのがクロアチアだったのは、まったく予想外だった。
イングランドを優勝候補に挙げる人も多かったが、ぼくは、あまり信用していなかった。「ホドル監督によってイングランドは変わった」というのだけれど、ワールドカップの厳しい対決になると、どのチームも地金が出てくるものである。
残りのイタリア、オランダ、フランスが欧州勢の優勝候補で、この3チームは予想どおり勝ち進んだ。
この3チームと南米のブラジル、アルゼンチンの優勝候補対決のカードが、決勝トーナメントの組み合わせのうえでも実現して、フランスとブラジルが勝ち残った。波乱もあったけれど、結果は順当である。
両チームの戦いの跡
攻めのブラジルと守りのフランス。風雨をしのいで決勝ヘ
サッカーのボールは丸くて、どちら側に転がるか分からない。ワールドカップは33日におよぶ長期の戦いで、その間にたくさんの運、不運がからまってくる。したがって、優勝候補が必ずしも、実力どおりに勝ち進むとは限らない。
しかし、優勝するチームは最初から優勝のタネ(種子)を持っている。1カ月余の戦いのなかで、そのタネをチームとして育て、運、不運の風雨をしのいだチームが優勝する。
ブラジルは、6月10日の開幕試合で「優勝のタネ」を持っていることを示してくれた。大きなタネは、21歳のロナウドだった。左右の足をすばやく自在に操って、敵の守りの密集を突破する。快速、機敏、強力である。このタネを育てることができれば、優勝の可能性は大きい。
グループリーグの3戦目にノルウェーに敗れたけれども、第2ラウンド進出が、すでに決まったあとだった。準々決勝ではデンマークに先制点をとられ、逆転してからまた追い付かれるという苦戦をした。準決勝は1点のリードを守ろうとして終了直前に追い付かれ、延長引き分けでPK戦でやっと決勝に残った。
やっとのことで風雨をしのいだ感じではあるけれども、この戦いを通じて、チームとしてのまとまりは育ってきた。中盤のリバウドを軸に攻めが組織だってきた。準決勝の後半のほかは、攻撃的なサッカーを展開し続けたのもいい。
しかし守備ラインは、不安定である。センターバックのジュニオール・バイアーノは、1メートル93の長身であるにもかかわらず、守りのヘディングをあまり競らない。準決勝でオランダに同点にされたのも、それが一つの原因になっていた。
フランスは、組み合わせにも恵まれて勝ち進んだ。グループリーグでは、ちょっと手の内を見せすぎているのではないかと思ったくらい飛ばしていた。中心のジダンが、レッドカードで2試合に出られなかったのが、風雨だったくらいである。
ジダン欠場の対パラグアイをしのいで、準々決勝からが勝負だった。イタリアとはPK戦、準決勝のクロアチアには先制点を許して薄氷を踏む思いの戦いになった。
ブラジルとは逆で、攻めが手薄である。前線のストライカーに威力がない。しかし守りは、もっとも安定している。守備ラインのプレーヤーの進出が攻めの決め手である。
守備ラインのなかから、準決勝でブランがレッドカードをもらい、決勝戦は出場停止になった。守りの精神的な支柱だったベテランだけに、これは大きなハンディになる。
美しいサッカーを世界へ
悪質な反則を根絶し、いいサッカーの見本を見せてほしい
今回のワールドカップで、非常に残念だったのは、準々決勝まで「ひきょうな反則」が目立ったことである。
「ひきょうな反則」には、大きく分けて3種類ある。
第一は、相手を手で抱え込んだり、シャツをつかんだりする反則である。この手の反則は、1980年代に入って目立ちはじめ、だんだんエスカレートしてきた。
サッカーは、手を使わないことを原則として成り立っているスポーツである。そこで手を使うのは、武士の真剣勝負に鉄砲を持ち出すようなもので「飛び道具とは卑怯(ひきょう)なり」ということになる。若い読者のために、お断りしておくと、このカッコのなかは、ぼくが子どものころに愛読した少年講談の本によく出てきた「せりふ」である。
準々決勝のドイツ対クロアチアで、ドイツの選手が飛び道具を使うのが目立った。この試合はテレビで見たので反則の場面がよく分かった。スローモーションで、いろいろな角度から何度も再現されるからである。クロアチアの攻撃を「ひきょうな反則」でしか止められないドイツを見て、ぼくは本当にがっかりした。世界の少年諸君、もうドイツのサッカーを見習わないでほしい。
「ひきょうな反則」の第二は、反則をされたふりをして自分から倒れる行為である。自分から飛び込むので「ダイビング」といい、主審をだますという意味で、「チーティング」ということばが使われている。
マルセイユの準決勝で、後半25分ごろ、オランダのベルカンプがペナルティー・エリアのなかでダイビングしてペナルティ・キックをもらおうとした。主審はだまされないで、両手の人差し指で自分の両目を指して「ちゃんと見てるぞ」というジェスチャーをした。
後半44分には、こんどはアルゼンチンのオルテガがダイビングを試みた。これも主審はだまされないで、今度はイエローカードを出した。
オルテガは、さらに傍に寄ってきた相手のゴールキーパーに、立ち上がるふりをして、頭でアッパーカットを食らわせた。主審はすぐにレッドカードを出した。
どさくさにまぎれて、相手に暴力を振るうのが「ひきょうな反則」の三つ目の種類である。フランスのブランの準決勝での退場も、競り合いのなかで、手のひらで相手にアッパーカットを食らわせたためだった。
ワールドカップは、世界で十数億の人たちが見ている。悪質な反則を絶滅して「美しい試合」のお手本を見せるようにしてほしい。
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