「今回はワールドカップが2回ある」と、ある日本の記者が言っていた。日本が出場している大会と世界のトップが争っている大会である。日本代表を追いかけた取材が終わって、ベスト16の争いが始まると、本当に「もう一つのワールドカップ」が始まったような感じになった。
驚異の新星、オーウェン
イングランドがアルゼンチンにPK戦で敗れて姿を消した
決勝トーナメントに入ると優勝候補と言われているチームが見違えるようになる。決勝戦を目標にしたコンディショニングとチームワーク作りがピークに差しかかるからである。
またグループリーグと違って勝ち抜きの一発勝負だから強豪相手に全力を傾けるほかはないからである。
決勝トーナメント1回戦(1/8ファイナル)での最高の強豪対決は、6月30日にサンテチェンヌで行なわれたアルゼンチン対イングランドだった。
前半は互角の攻め合いである。
アルゼンチンが立ち上がり6分にPKで先取点、その4分後に、今度はイングランドがPKを得て1対1の同点。主審はデンマークのニールセン氏で、なかなか厳しかった。双方のサポーターの過熱ぶりが心配されていたので、試合が荒れないように気を配っていたのかもしれない。
16分に、イングランドが逆転リード。このときゴールを決めたマイケル・オーウェンが、すごかった。
後方のベッカムからの縦パスを受けて、フィールドの真ん中を一気に駆け抜けた。そのスピードがすばらしい。ミサイルが目標を捉えた瞬間に一気に加速するように、目標に向かって真っしぐらだ。
そして、やや右寄りから左隅へ火を噴くようなシュート。走力、ボールコントロール、シュート力――抜群である。
オーウェンは30分過ぎにも、すばらしいプレーを見せた。中盤に下がり気味にいて、アルゼンチンはベテランのビバスがぴったりマークしていたのだが、ボールを受けると振り向きざま、ワンタッチでかわして一気にゴールへ突進した。シュートはDFに当たって入らなかったが、対敵動作のテクニックもすばやく、巧みである。下がって待ち受けると一気に走り込まれるし、密着してマークすると、かわされて置き去りにされる。恐るべき技術とスピードとシュート力だ。
オーウェンは18歳。20世紀のイングランドのサッカー史上最年少の代表選手である。リバプールでレギュラーの座を確保して1シーズンしか経験していない。まったくの新戦力である。
前半終了直前に、アルゼンチンがフリーキックから同点。後半初めにイングランドのベッカムが反則退場になって、以後10人になったイングランドは守りを固め、オーウェンをトップに残して逆襲を狙っていた。
その逆襲は成功せず、アルゼンチンも、イングランドの厚い守りを攻め切れないで延長の末、PK戦。イングランドとともに驚異の新星オーウェンも姿を消したのは残念だ。
歴史に残る激闘
すばらしいとは言えないが、見応えのある強豪対決だった
アルゼンチン対イングランドは、決戦トーナメントならではの戦いだった。イングランドがオーウェンを全面的に押し立ててきたのも、勝負をかけたからだろう。
オーウェンはグループリーグの第1戦、チュニジアとの試合では後半40分に出場、第2戦のルーマニアとの試合も後半28分からである。先発は第3戦のコロンビアとの試合からだ。グループリーグの間に試運転をして、秘密兵器を整備したのである。
アルゼンチンが2対2の同点にしたゴールは、前半ロスタイムに入ってからの46分、ゴール正面、ペナルティー・エリアすぐ外のフリーキックからだった。攻めの側から見て守りの壁の左のほうに1人が走り出たが、キッカーのベロンは、右外側に立っていたサネッティに出した。秘密練習をしてきたパターンを生かした攻めである。
このように、決勝トーナメントになると、優勝候補もすべてをさらしてくる。すべてをさらけ出すから、チームの欠陥もまた明らかになる。
後半始まってすぐ、イングランドのベッカムが退場になった。
ハーフウェー・ライン付近で、シメオネが後ろから押してベッカムを倒した。ベッカムは、うつぶせに倒れたまま、足を後ろに上げて、そばに立っていたシメオネを蹴った。反則で倒したシメオネにはイエローカードが出て、報復したベッカムにはレッドカードが出た。
ベッカムは、カッとなってやったのだろうが、実にばかげた報復行為である。中盤の中心選手が、感情をコントロールする力を失ったのである。激しい試合の中で弱点が露出した場面だった。
そのあと、10人になったイングランドが下がって守るのを、アルゼンチンが攻め立てた。オルテガはボールを持つと、しゃにむにドリブルして中央に突っ込む。敵の密集の中にいる味方にボールをぶつけて、強引に突破しようとする。その激しさには目を見張るばかりだった。こんなチームと、日本代表はグループリーグで戦ったのか、よく1点に抑えられたものだ、と改めてびっくりした。
しかし、サイドに出しての攻めはほとんどしない。相手の人数が少ないのだから展開して散らせばいいと思うのだが、真っ正面からの、ひたむきの攻めばかりである。これも激闘の中だから、理屈ではなく伝統的なやり方が出てくるのだろう。
そういうわけで、内容としては「すばらしい試合」ではなかった。
しかし、ワールドカップ史上に残る欧州対南米の「激しい試合」だったと言えるだろう。
ジャマイカ戦の敗因は?
日本は3連敗。勝てるはずのジャマイカになぜ負けたのか
決勝トーナメントに入って世界の強豪同士の対決が始まると、日本代表の出ていた「もう一つのワールドカップ」はもう、遠い夢のようである。
しかし、ビバ!サッカーに日本代表の戦いの跡を記録しておくために、グループリーグ最後のジャマイカとの試合のことも書いておこう。
6月26日、リヨンの競技場に隣接したプレスセンターで、日本から来たジャーナリスト仲間と、試合の予想をした。
みんなの見方は「ジャマイカには勝てるだろう」という点で、一致していた。それまでのジャマイカの戦いぶりを見てみると、個人としてはすばらしい運動能力とテクニックを持っているが、チームとしての組織はほとんど、できていない。これがイングランドのプロで働いている選手を集め、ブラジル人の監督に率いられているチームか、と思うばかりである。
「このチーム相手なら3対0で勝たなきゃな」というのが、友人たちの意見だった。
ぼくの大会前の「期待」は、2対0で日本の勝ちだった。ただし、この期待には前提がある。日本が1勝あるいは2引き分けで来ていて、このジャマイカ戦に決勝トーナメント進出を懸けているという設定である。
実際には、日本もジャマイカもともに2敗して望みをなくし、このカードは単なる日程消化試合になってしまっていた。そこで、ぼくは「期待」を「予想」に修正した。
「日本が勝つと思うけど、失点もするんじゃないかな。それも、先に点を取られるんじゃないか」
ジャマイカが先に点を取るだろうと考えた根拠はこうである。
もう勝利にこだわる必要のない試合だから、ジャマイカの選手たちは思い思いに自由にサッカーをするだろう。ブラジル人の外国人監督だから、「最後の試合は好きにやらせてやろう」とするのではないか。
日本のほうは「望みはなくても試合は捨てない」という気持ちだし、マスコミも「歴史に残るワールドカップ初勝利を」とあおっている。硬くなっている日本から自由奔放なジャマイカが先取点を挙げるが、それで日本ものびのびと試合するようになって、最後は日本の組織力が物を言うのではないか。
というようなわけである。
結果は、ぼくの予想が半分当たって半分外れた。先取点を挙げたのはジャマイカで予想どおりだったが、2点目もジャマイカで、日本の中山の「歴史的な1点」は単なるコンソレーション(慰め)だった。
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