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サッカーマガジン 1998年3月4日号
ビバ!サッカー

長野冬季五輪の開会式

 長野の冬季オリンピック大会開会式をテレビで見て、2002年ワールドカップの開会式を考えた。良かったところは2002年にも生かして、さらにサッカーらしい新しいアイディアで盛り上げたい。21世紀、日韓共催、地域分散など、いろいろなキーワードが頭に浮かんだ。

☆未来、平和、地球 
 テレビを見ながら、3つのキーワードが浮かんだ。未来、平和、地球である。2月7日の昼間に行なわれた長野冬季オリンピックの開会式中継の話だ。
 夜のテレビの特別番組には、開会式総合プロデューサーの浅利慶太さんが出ていて、演出のテーマは「子どもたち」「自然との共存」「平和と友好」の3つだと話していた。未来は子どもたちのものであり、自然との共存はいま、地球規模の重要な問題だから、浅利さんの演出の狙いは、1人のテレビ視聴者である僕にも伝わったことになる。
 ただし、自然との共存というテーマは直接には伝わらなかった。地球というキーワードが浮かんだのは、開会式のフィナーレに小沢征爾さんが指揮したベートーベンの「第九」の合唱である。ベルリン、ケープタウン、北京、ニューヨーク、シドニーでの合唱が衛星回線経由で長野に集められて、大合唱になった。 
 長野はよく晴れた冬の土曜日の午後、ケープタウンは夜明け、ベルリンは夜中、ニューヨークは金曜日の夜遅くである。地球は丸く、時差がある。でも人びとは、同じ時刻に、同じ歓喜の歌を合唱することができる。それが「ただ一つの地球」「かけがえのない地球」を感じさせた。 
 衛星を通じて世界各地の音と映像を集めると、多少のずれが出る。国際電話で話をしていると、相手の返事がちょっと遅れることがある、あれである。それをコンピューターを使った現代のハイテクで解決した。これも、1つのポイントだった。

☆映像と異文化
 開会式の前半には、日本の文化を象徴する題材を取り入れていた。
 善光寺の鐘の音ではじまり、諏訪の伝統の民俗行事の建御柱、大相撲の土俵入りが続いた。聖火を点火したフィギュアスケートの伊藤みどりさんは、紅白の扇の中から登場し、能衣裳のような着物に包まれていた。
 このような日本の文化を映像で外国に伝えて、ちゃんと理解してもらえるかどうか、と心配した意見も出ていた。受け取るほうの脳は別の文化の中で育ってきているのだから、日本人と同じに感じてもらうことは無理だろう。しかし異文化の刺激を受けるのも楽しいことである。
 演出は映像を意識して活用していた。
 聖火を運んだのは、地雷除去で片手片足を失った平和運動家の英国人クリストファー・ムーンさんだった。ムーンさんが外側からスタジアムに入るときの映像は1人だけだった。ところがスタジアムの内側に入って来るときは、子どもたちに囲まれていた。「平和への戦いは孤独だったが、未来は希望に囲まれている」というメッセージが伝わる演出だった。 
 でも、これはテレビだから分かることで、競技場の観客席の人びとには、スタジアムに入るときにムーンさんが1人だったことは、分からないはずである。「最近のオリンピックの開会式はテレビのためのもの」という1つの例である。
 実際には観衆も、場内の大型スクリーンで同じ映像を見たということである。入場料を払って競技場でテレビを見たわけである。

☆2002年には?
 長野の開会式のテレビを見て、2002年ワールドカップの開会式はどうなるだろうか、と考えた。
 サッカーのワールドカップの開会式は、オリンピックとは違う。
 オリンピックの開会式では選手団の入場行進がメーンイベントだが、ワールドカップの開会式には選手団はいない。参加チームは各地の会場都市に、分散してしまっているからである。代わりに、各チームと同じユニホームを着た子どもたちが行進したりするのが、これまでの例だった。ワールドカップの開会式は式典というより、開幕試合の前の余興である。開催国の元首が出席し、お偉方が少しスピーチをするところだけが、セレモニーである。
 2002年は日韓共催で、開幕試合は韓国で行なわれることになっている。したがって、開会式は向こうになるが、そこはサッカーだから自由自在にできるのではないか?
 韓国での開会式を、日本の会場10都市のスタジアムに中継する。余興部分は各都市それぞれ郷土の文化を象徴するような演出で、会場別に行なう。それを衛星回線、あるいは光ファイバーの国際回線で集めて編集して、世界に提供する。
 日韓両国だけでなくてもいい。世界の各大陸からの映像と音響を集めてもいい。小沢征爾の第九は、どういうわけか南米からの合唱がなかったが、サッカーでは、もちろん南米をのけ者にすることはできない。
 こんなことを夢見たが、来世紀の話だから、鬼が21匹、笑っているかもしれない。


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