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サッカーマガジン 1998年2月25日号
ビバ!サッカー

アンチ・ドーピング国際会議

 薬を使って勝とうとするドーピングは、いまや世界のスポーツ界の大きな問題である。Jリーグでも「ドーピング禁止規程」を設けている。長野冬季オリンピックを前に、神戸で開かれたアンチ・ドーピング国際会議に参加したので、その内容を紹介して、この問題を考えてみよう。

☆薬で巧くなる?
 「サッカーが巧くなる薬があるけど欲しいか?」と少年たちに聞いたら、たいていは「欲しい、欲しい」と言うだろう。サッカーのおもしろさを覚えはじめた子どもたちは、毎晩のように、自分がカズのように巧みにボールを操り、みごとなゴールを決める夢をみている。のむだけで。それが現実になったらなあ!
 同じ子どもたちに「命が縮む薬をのみたいか?」と聞いたら、どの子も「絶対いやだ」と答えるだろう。カゼを治すためにだって苦い薬はのみたくない。
 では「命が縮むかも知れないけどサッカーが巧くなる薬があるよ」と言ったらどうだろう。「まだまだ先の長い人生の、ずっと向こうで1年くらい命が縮んだっていい、いまサッカーが巧くなったほうがいい」と思っちゃうのではないか。これがドーピングの考えである。
 サッカーが巧くなる即効薬はないが、筋肉の力を強くしたり、心臓や脳の働きを一時的に強くするのを助ける薬はあって、それを使ったために健康をそこね、ひどい場合は死んだ人もいる。
 1月31日に神戸で「アンチ・ドーピング国際会議」が開かれた。薬を使ってスポーツの成績をあげようとすることをドーピングという。それに反対する会議である。
 この会議の最後に、有名なスポーツ人によるパネル・ディスカッションがあり、ヴィッセル神戸の永島昭浩選手も登場した。永島選手の発言が、なかなかよかったので、ここに紹介しておくことにする。

☆永島昭浩選手の発言
 「ドーピングをしようと思ったことがありますか」という司会者の質問に永島選手は「ありません」と答えた。「なぜですか」という追及には、次のように説明した。
 「Jリーグでは、ドーピングが発見されるとチームが3000万円までの罰金をとられることになっています。自分ひとりのわがままで、チーム全体に迷惑がかかるようなことはできませんからね」
 さらに、こう付け加えた。
 「サッカーは国際的スポーツなので、ぼくたちは、世界各国で起きた例をよく知っています。マラドーナという世界のトップスターが興奮剤を使って処罰を受け、子どもたちに大きなショックを与えたことがあります。そういうことを知っていますから、社会に悪い影響を与えるようなことはしません」
 だいたい、こういう趣旨だった。 
 他のパネリストは、ラグビーの平尾誠二、シンクロナイズド・スイミングの奥野史子、陸上競技の高野進の皆さんで、司会は元プロ野球スワローズの栗山英樹さんだった。 
 それぞれ「なるほど」と思うような意見を述べたのだが、永島選手の発言にとくに感心したのは、自分個人のことでなく、チーム全体のことから世界や社会へと視野を広げた話をしたからである。 
 腰痛やひざ痛に苦しんで薬をのむ誘惑に駆られた話やスポーツの倫理に反するという考えも出た。それぞれ重要なポイントだが、永島選手の指摘した社会的な影響が、もっとも重要だと、ぼくは考えている。

☆社会的な悪影響
 神戸の国際会議では、ドーピングに反対する三つの理由があげられていた。
 第一は医学・薬学の倫理に反することである。要するに健康に害があることである。これに対しては、副作用があるにしても、それを承知で個人が使うのだから、その個人の自由じゃないか、という反論がある。
 第二はスポーツの倫理に反するという主張である。同じ条件で争うのがスポーツであるのに、薬を使って強くなるのはフェアでない、という考えである。これに対しては、巨額の強化費を使っている先進国の選手と、スパイクシューズも満足に手に入らない貧しい国の選手が争うのもフェアじゃないという批判がある。
 第三は社会の倫理に反するという意見である。ドーピングは社会全体に弊害が及ぶという考えである。
 プロの選手、あるいはオリンピックの選手は、社会の注目の的であり、子どもたちのあこがれの対象である。
 そういう人たちが、人体に害のあるような行為をすれば、多くの人たちが真似をする。そうなると薬の害は、その選手個人だけでなく社会全体に広がってくる。
 ドーピングは健康を害するから禁止すべきだが、禁止規則を守らないで勝ったりすると、これこそアンフェアである。規則を守らないほうがトクというような考えがはびこると、これはスポーツだけでなく、広く社会倫理の問題になる。
 永島選手は、この第三の社会的な影響を視野に入れ発言していた。それがよかったと、ぼくは思う。


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