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サッカーマガジン 1997年7月30日号

ビバ!サッカー

W杯予選でのブーイング

 日本代表がワールドカップのアジア予選でオマーンと引き分けたとき、国立競技場のファンがブーイングをした。マスコミは加茂監督の用兵に厳しい目を向けていた。厳しいもんだと思う。フランスへの出場権獲得をめざす日本代表には、また、それなりの立場があるのだが…。

☆ファンの立場
 ワールドカップ予選東京ラウンドが終わって、ほっと一息つく暇もなく、Jリーグ再開である。めまぐるしくて、週1回のビバ!サッカーでも、このテンポについていけない。そこで、こちらはマイペースで、今週も1次予選にこだわることにする。
 6月28日に行なわれた最終戦で日本はオマーンと引き分けた。引き分けでも日本の1次予選突破は動かなかったのだが、試合が終わったとき国立競技場のスタンドからはブーイングが沸き起こった。
 応援に来ていたお客さんにとっては、不満は当然かもしれない。ファンは、予選突破だけでなく、一つ一つの試合に勝つことを求めて、スタジアムに来たのである。お金を払って入場したのだから、その対価として勝つ喜びを味わいたいのは、よく分かる。
 これは、前週号に書いた話の続きのようなものである。日本とオマーンの対戦の前に行なわれた試合で、マカオとネパールは勝負にこだわって熱のこもった試合をした。ワールドカップ予選からは、すでに脱落していて、勝っても負けても関係はなくなっていたのだが、マカオとネパールにとっては、一つ一つの試合を戦うことに意義があり、勝つことに喜びがあった。
 日本を応援したファンも同じことである。日本はオマーンに負けても最終予選進出は間違いない立場だった。にもかかわらず応援に来たのは、1次予選突破の結果を求めてではなく、日本代表の一つ一つの試合を大事に思ったからである。

☆日本代表の立場
 一つ一つの試合に結果を求めるファンの気持ちは、よく分かる。しかし日本代表チームにとってはフランスへの長い道のりの途中である。
 選手は緊張の糸をずっと張り詰めているわけにはいかないかもしれない。道半ばでプツンと切れるよりも途中でゆるみはあっても、最後のいちばん重要なところで、ピーンと張り詰めていてもらいたい。
 加茂監督としては、最終予選までの間に試しておきたいことが、いろいろある。この試合は引き分けでいいだけでなく、負けても大量の得失点差で最終予選進出は間違いなかったのだから、前半1点リードしたところで「後半では、いろいろ試したい」と考えたのは、これも当然である。
  1対0で迎えた後半、加茂監督は守りの中心である井原を引っ込めて秋田を出し、守備ラインを組み替えた。若手のホープの斉藤がスイーパーである。
 これが後半18分のオマーンの同点ゴールを招いた。ビデオで点検してみると、左から浮き球がゴール前に入ったとき、ハッサンのマークに鈴木と秋田が重なり、サミルがフリーになっている。その結果、ハッサンが頭で落としたボールをサミルに決められている。「井原がいたら、こんなことにならなかったのに」と誰もが思っただろう。
 「井原が出られない場合のテストをしてみた」というのが、加茂監督の話だった。結果的にはテスト失敗のように見えるが。選手にとっては貴重な経験だったと思えばいい。

☆テストは失敗だったか
 加茂監督のもう一つのテストは、平野に代えて岡野を交代出場させたことだった。
 日本代表の攻めはカズがトップ。これは動かないところである。ただカズに組み合わせるもうひとつの駒に苦労している。
 背が高くてヘディングのいいストライカー、機敏でゴール前で鼻の利く本能的な点取り屋、足が速く突破力のある速攻タイプと、相手により場合によって使い分けられれば、いちばんいいが、なかなか理想どおりにはいかない。
 しかし局面打開の切り札は、どうしても必要である。スピードのある岡野を使ってみたのは、そういう狙いだっただろうと思う。
 これも結果的には、うまくいかなかった。追加点が生まれなかっただけでなく、失点の一因だったと指摘した論評もあった。
 しかし、テストでは失敗も視野のうちである。重要な試合で失敗しないために、それほど致命的にはならない場面で失敗しておくためにテストをしたのだと考えればいい。
 そういうわけで、ぼくはオマーンとの試合での加茂監督の用兵を、それほど悪かったとは思わない。マスコミは厳しすぎると考えているくらいである。
 ただし、ファンがスタジアムでブーイングするのは、もっともだと思っている。これは立場の違いである。日本代表のレベルになれば、ファンの立場を理解し、それに耐える度量が必要である。それを、自分たちの失敗を顧みるための糧にするくらいでなければならない。


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