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サッカーマガジン 1997年5月14日号

ビバ!サッカー

驚異のエムボマの秘密は!

 5年目のJリーグは、エムボマではじまった。開幕3試合で4得点5アシスト。数字だけでなく、その内容にも目をみはった。エムボマのすごさは、どこから生まれるのだろうか。アフリカのカメルーンから、こんなすごいプレーヤーが出るのはなぜなんだろうか。

☆プラティニ以上だ!
 なんたって、びっくりしたのは開幕戦、ガンバがベルマーレに4対1で勝った試合の4点目だ。後半27分に1人をかわしてドリブルで相手の守りの間に割り込み、浮き球を操って左足で浮かせて密集の外に出し、自分もすばやく左外に抜け出して、ボールの落ちるところを左足のボレーで右上すみに決めた。
 この試合は大阪の万博記念競技場で行なわれたので、ぼくの住んでいる兵庫県加古川市から日帰りで見に行くことは可能だったのだが、残念ながら他に仕事があって行けなかった。
 「だから競技場に行かなきゃダメなんだよ。歴史的事件を見逃すことになるんだよ」
 見に行った友人は得意げにこう言った。 
 ごもっとも。エムボマが、あんなすごいプレーをするんなら万難を排しても見に行くべきだった。 
 しかしテレビのおかげで、あのミラクル・プレーを繰り返し、繰り返し見ることができた。 
 ほんとのところ、現場に見に行っていたら実は、よく見えなかったかもしれない。敵の守りが入り組んだなかでの一瞬のプレーだから、スタンドからだったら見逃したかもしれない。 
 ともあれ、これを見て1985年のトヨタカップのときのプラティニの「幻のゴール」を思い出した。同じように浮き球を巧みに操ったシュートだが、敵の守りはプラティニのときより厳しく、エムポマのプレーはプラティニよりすばやかった。

☆すばらしさの秘密
 このプレーのすばらしいところが三つある。
 一つはテクニックである。密集のなかで、すばやく巧みにボールを扱う技術がすばらしい。
 第二はアイディアである。敵の守りのなかに割り込んでから、ポンと外へ浮かし、その落下点に抜け出すプレーは意外性にあふれていた。
 最後に目の鋭さである。敵を背にしてボールに集中していながら、抜け出た瞬間にゴールの右上すみを狙ってシュートした。ゴールを見る暇はないように思えたのに、あらかじめゴールとゴールキーパーの位置を見ていて的確に敵の弱点をついた。
 こういうプレーを見ていると、エムボマの肉体的資質のすばらしさが目に付きやすい。筋肉が強く、しなやかで、収縮がすばやい。だから瞬間的に動くスピードが速く、ジャンプ力もすばらしい。高いボールをヘディングで競い合って、手を伸ばしたゴールキーパーと同じくらいジャンプした場面もあった。
 シャツを引っ張られながらドリブルで突進し、振り切ってしまった場面もあった。こういうバランスのよさも生まれながらの筋肉の質、あるいは骨格によるところが大きいだろう。
 しかし「黒人特有の筋肉の強さだね」と片付けてしまうのは間違っている。肉体的資質もすばらしいが、それを生かしているのは後天的に身につけたボール扱いのテクニックと、まわりを見る戦術的能力と、臨機応変に意外なプレーを選択する頭脳の回転の速さである。

☆資質と技能と経験と
 肉体的資質のすばらしさは、アフリカ西海岸の人たちの特徴ではないかと、ぼくは思っている。科学的なデータを確かめたわけではないが、この地方の人びとは先天的に速筋(白筋)繊維の割合が多いのではないだろうか。
 大まかにいうと筋肉には、収縮はすばやいがすぐ疲れる速筋繊維と、収縮はゆっくりしているが持久力のある遅筋(紅筋)繊維が含まれている。その割合は、これも大まかにいうと遺伝的なものだそうである。シロートの推量だけれども、速筋繊維が多い遺伝的要素を比較的純粋に保存している人びとが、アフリカ西海岸には多いのではないだろうか。
 しかし、テクニックや戦術能力は遺伝ではない。テクニックを覚えるのに有利な遺伝的素質はあるだろうが、テクニックそのものは、子どもの時に習い覚えたものである。つまりカメルーンでもサッカーが大衆的なスポーツであり、エムボマも子どものころからボールを蹴って遊んでいたに違いない。
 周りを見る目のすばやさと判断の的確さは試合のなかで養われる。パリ・サンジェルマンのようなレベルの高いヨーロッパのプロでの経験が磨きをかけたのだろうと思う。
 エムボマは広島での第4戦では不発だった。サンフレッチェの守りも良かったが、エムボマの動きも切れが悪く、疲れが出ているように見えた。
 週2試合は、ちょっと日程がきつすぎる。いいコンディションで、いい選手の、いいプレーを見たいものである。


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