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サッカーマガジン 1997年4月9日号

ビバ!サッカー

アマチュアリズムの亡霊

 ワールドカップ予選の日本代表はプロである。それを「がんばれニッポン」と応援することが出来るのは幸せだ。マラソンの有森選手がビジネスを始めようとしたら、選手生活を断念しろだの、CM出演は困るだの、変な雑音が入りはじめた。その点、サッカーはすっきりしている。

☆有森選手のタレント宣言
 アトランタ・オリンピックの女子マラソンで銅メダルをとった有森裕子さんが「プロ宣言」をした。本人が「プロ」を名乗ったわけではなく、また陸上競技に本格的な興行のプロフェッショナルの組織があるわけではない。「プロ宣言」という言葉は新聞が勝手に使っただけである。ただ、テレビに出たり、コマーシャルに出たりする活動を自由にしたい、ということらしい。それをビジネスとしてやるということだから「タレント業志望宣言」といったほうが当たっている。
 陸上競技の選手としては「しばらく休みたい」が、また選手として活動を再開するつもりでいる。ここのところが、まず日本陸上競技連盟、通称「陸連」で問題になった。
 日本陸連では登録選手はみなアマチュアということになっている。アマチュアが名声を利用してコマーシャルに出るようなことは規則上認められないという意見が出た。
 有森選手が競技から引退してしまうのであれば、登録を抹消した者に対しては陸連の規則は及ばなくなるから、どうでもいい。しかし、将来また選手生活を再開するのであれば問題ダというわけである。
 これはスポーツに独特の「アマチュアリズム」である。こんな考え方は15年ほど前に、とっくに滅びたものだと思っていたら亡霊のように顔を出してきたのにびっくりした。 
 ひとりの人間が、タレントを職業とし、スポーツを趣味ないし副業としていても現代社会では、すこしもおかしくないのではないか。

☆オリンピックの亡霊
 スポーツをすることによって、あるいはスポーツで得た名声を利用して金銭ないしは物質的利益を得てはならない――というのが「アマチュアリズム」だった。
 プロは本当のスポーツではない、プロとアマチュアは厳重に区別しなければならないとアマチュア主義者たちは考えていた。アマチュアリズムは世界に通用する正義であり、あらゆるスポーツの基礎理念だと主張していた。
 日本では「オリンピックはアマチュアリズムなんだから、日本のスポーツは、すべてアマチュアリズムを守らなければならない」と、日本体育協会がサッカーにも、陸上競技にも同じ「アマチュア規程」を押しつけていた。
 いまでは多くの人びとが本当のことを知っている。
 アマチュアリズムは、もともと世界に通用する正義ではなかった。世界の多くの国で人種差別や身分差別の道具にされた場合があった。
 アマチュアリズムは、あらゆるスポーツに通用する理念でもなかった。サッカーはプロもアマチュアも同じスポーツの仲間として同じ組織の中で共存することを理念としていた。卓球も自転車もそうだった。
 ただし、この世界に通用する考え方は、1980年代の半ばまでは日本では通用しなかった。日本で通用していたのは当時のオリンピックの理念であり、それが万能だと主張されていた。
 しかし、オリンピックのアマチュアリズムは崩壊した。いまさまよっているのは亡霊である。

☆「がんばれニッポン」の偽善
 オリンピックのアマチュアリズ厶は1970年代には事実上崩壊していた。建前としてだけ残っていたのも1980年のモスクワ・オリンピックまでである。1984年のロサンゼルス大会では、もうプロアマ共存に変貌していた。
 日本のスポーツ界は事大主義で節操がない。オリンピックが変わったとなると、たちまち日本体育協会のアマチュア規程も廃止され「スポーツ憲章」になった。いまや、これも空文である。
 有森選手の問題で、陸連にはまだアマチュアリズムの亡霊がさまよっていることが明らかになった。しかし陸上競技界の人びとも、それが時代離れしていて現実的でないことは気が付いてはいる。だから有森選手の問題が生まれたのを機会に修正しようとしはじめた。 
 ところが、これに日本オリンピック委員会(JOC)が「待った」を掛けているという話である。
 JOCでは大きな広告企業と手を組んで「がんばれニッポン」というキャンペーンを組んでいる。これは「アマチュア」のスター選手を広告に出演させて、その出演料をJOCがとってオリンピックの選手強化費にあてる仕組みである。有森選手が別の広告に出演して、その収入がJOCに入らないのは困るというわけである。選手の個人的な名声利用を認めないで、JOCが利用しようという搾取の主張である。
 日本のサッカーは体協のアマチュア規程廃止とともに、いちはやくプロを認めた。これは正解だった。


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