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サッカーマガジン 1997年4月2日号

ビバ!サッカー

サガン鳥栖の新方式

 サガン鳥栖が雄々しく再浮上しようとしているのに注目している。大企業に頼らなくても地域の力でスポーツが成り立つことを示してもらいたいと願っている。選手の雇用に新しい方式を採用したのも面白い。欧州や南米では、ごくふつうの方式ではあるけれども…。

☆支援企業が基本給を負担
 「支援企業が基本給を負担、サガン、2新人入団発表」
 こんな見出しの記事が新聞に載っていた。JFLのサガン鳥栖が大学出と高校出の2新人を採用した。しかしクラブには財政的余裕がないので、支援企業が社員として契約して基本給を負担する。試合出場による出場給とボーナス(勝利給)はクラブが払うという仕組みである。
 大学出の選手の方を引き受けたのは「フラワー中島」という従業員7〜8人の会社だという。社長の中島義高さんが、サガンの前身だったフューチャーズを支援する会の事務局長だった。メーンスポンサーの撤退でフューチャーズは「サガン」として再出発することになったが、お台所は苦しい。そこでファンの中島さんが地元企業として応援する方法を考えたのだろうと推測した。
 「小さな会社だから永遠に続ける体力はないが、市民が出来る支援の一つとして協力した」という社長の談話もついていた。
 もうひとりの高校出の選手を支援するのは佐藤電気設備という、これも地元鳥栖市の企業である。
 「すばらしい。成功するといいな」と思う。これは25年ほど前のサッカー・マガジンに「サッカー列島改造論」という論文ふうの記事を書いたときから、ぼくが夢見ていたスポーツクラブの在り方に近い。そのころは、アマチュアリズム絶対、企業スポーツ全盛で、ぼくのアイディアは「たわごと」みたいなものだった。鳥栖の試みが成功すれば、ぼくは4半世紀の先見の明を誇ることが出来る。

☆企業スポーツとの違い
 サガン鳥栖の新方式は、従来の企業スポーツとはまったく違う。
 1960年代から80年代にかけて日本のスポーツを支えてきた「企業スポーツ」は、会社が選手を社員として雇用し、チームを丸抱えにする方式だった。
 チームの経費は会社の福利厚生費として支出され、選手は一応、社員として午前中くらいは職場に顔を出した。
 トヨタのラグビー部のように夕方5時まで勤務してから練習するのが「美談」として称賛されていたくらいだから実態はいろいろだったが、一応は全員アマチュアということになっていた。
 男のスポーツの場合は、ほとんどの選手は本当に正規の社員だった。選手生活が終わると、ふつうの社員として職場に復帰した。ただし社会人野球は例外で、その当時からセミプロ的だったが、それでも建前は社員選手ということになっていた。
 バレーボールなどの女子スポーツは、ちょっと事情が違った。こちらも建前は社員選手だったが、実態は嘱託社員のような形式の契約によるセミプロがいた。男子は永年雇用制度の中で社員としての身分の安定を望んだが、女子は選手生活を終われば結婚して家庭に入る。そのために女子は短期の契約が成り立ったのだろう。
 サガン鳥栖の新方式はこれとも違う。支援企業はチームを丸抱えするわけではない。選手を社員として雇用して支援するが、必ずしも永年雇用を保障するわけではない。

☆企業とクラブは別
 「実業団」と呼ばれていた企業スポーツは会社丸抱えだから、会社の都合で取り潰されても文句のいいようがなかった。
 サガン鳥栖の発表の10日前に「サントリーの女子バドミントン部が活動を停止する」という記事が新聞に出ていた。理由は「マスコミの扱いが小さく、企業にとって宣伝効果が少ないため」ということである。企業としては当然の論理だと思う。
 サガン鳥栖の新方式では、こういうことは起こらない。
 企業とクラブは別だから企業の事情でクラブがつぶれることはない。現在のJリーグとJFLの多くのチームは、大企業のメーンスポンサーに依存しているから「親亀こけたら子亀もこける」という結果になりかねないが、サガン鳥栖の方式であれば、地域のクラブに主導権があるから、生き残れるかどうかはクラブの経営能力次第である。
 選手を支援している会社の都合が悪くなったらどうするか?
 支援を取り止めるのは企業の事情で止むを得ない。選手は新しい支援者を探すことになる。しかし、これは、それほど難しくないだろうと思う。日陰が出来るのは反対側に日当たりが出来たからである。日当たりを求めて動けばいい。
 もっとも、こういう考え方は永年雇用、年功序列の日本のこれまでの社会にはなじまない。
 しかし日本も急激に変わりつつある。サッカー列島改造のために、地域のクラブを本物にするサガン鳥栖の新方式は参考になるのではないか。


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