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サッカーマガジン 1997年3月5日号

ビバ!サッカー

キングスカップの報道

 加茂周監督の日本代表チームが、タイ・バンコクのキングスカップに参加した。4チームによるリーグで2引き分け1敗。3位決定戦へ回ったが、ワールドカップ予選へのチーム作りのテストなんだから、これでいいんじゃないかと思う。しかし新聞の報道は厳しかった。

☆タイは格下の錯覚?
 キングスカップの初戦で日本が引き分けたときの新聞の見出しに「格下タイに苦しむ」とあったのには、びっくりしたね。アジアの他の国を「格下」と見下せるなんて、日本のサッカーはそんなにたいしたものなのか?
 世界の国ぐにに、むやみランキングを付けるのはよろしくないが、とくにサッカーに関しては、日本がアジアで抜きんでているなんて考えるのは見当違いである。この新聞の見出しを付けた人は、ちょっと錯覚している。
 日本は昨年の12月までは、アジアカップのタイトル保持者だった。しかし、あの優勝は4年以上前の話である。しかも、あのアジアカップは日本の広島で開かれたので、日本は地元の利を背負って勝ったものだった。たった1回、チャンピオンになったくらいで「アジアでは格上」なんて言えるはずはない。
 タイのサッカーが、アジアでは低いレベルにあるかといえば、そんなことはない。タイは東南アジアで有数のサッカー王国で、正式にプロと名乗ってはいなかったが、サッカーのプレーヤーは、Jリーグができるずっと前から、プロ同然だった。
 「税関」とか「バンコク銀行」とか実業団のような名前のチームがあったが、選手たちは出入国の検査をしたり、バーツのお札を数える傍らサッカーをしているわけではない。実はサッカーが本業で、実業団がスポンサーのクラブに属してサッカーをしながら、多少は別に仕事もしているのが実態だった。

☆相手の立場からみれば
 サッカーの常識からいえば、初戦で地元チームと引き分けたのは「よし」としなければならないところである。
 タイのほうの立場でいえば、自分の国にとっては伝統のある国際大会で、地元のファンの大声援を受けて試合をするのだから、コンディションを整えて勝ちにいかなければならないところである。
 参加チームのスウェーデン、ルーマニア、日本のなかでは、日本はいちばん「格下」で、ぜひ勝っておきたい相手である。だから開催国として日程を組んだとき、日本を最初の相手に選んだのだろう。
 こういうふうに、立場を変えて考えれば「格下のタイ」など思うのは自分勝手だということが分かる。
 新聞の見出しに「どうした日本、痛ーい引き分け」というのもあったが、バンコクのファンは「どうしたタイ」「痛ーい引き分け」と言いたいところだろう。
 一方、日本代表の加茂監督の立場では、ここでは結果は、それほど重要ではない。
 ワールドカップ予選へ向けてのチーム作りの一つの過程であり、数人の選手を入れ替えて、テストしてみなければならない大会だった。
 日本の大観衆の圧力はないし、放映するテレビ局に義理立てする必要もない。のびのびと新しいメンバーや戦法を試してみることができる。
 選手たちのコンディションがよくないのは、やむをえない。国内リーグのシーズンオフで、羽をのばしたあとだからである。

☆テストとしては成果
 加茂監督は、第1戦のタイとの試合には、12月のアジアカップの延長線上のメンバーで、同じシステムで臨んだ。
 後半19分に前園−城のコンビで先制したが、5分後に同点にされて引き分け。内容はよくなかったようで「前半はシュート2本だけ、攻めの組み立てはちぐはぐ」と新聞記事は手厳しかった。後半せっかく先制したのに、たちまち同点にされた守りも不評だった。
 しかし、まあ、チームとしても個人としてもコンディションが十分でなかったためだろう、とぼくは推察した。
 1日置いて第2戦の相手はルーマニア。ぼくの考えでは、これは勝ちにいっていい試合だった。相手は平均年令21歳の若手の選抜で、2戦目だから様子もわかっている。こちらも地元の雰囲気に慣れてきたはずである。
 しかし、加茂監督はメンバーをがらりと入れ替え、布陣のシステムも変えて「この大会は、あくまでテスト」という姿勢を崩さなかった。それはそれでいい。
 後半12分にルーマニアが先制したが、39分に北沢−カズのヴェルディ・コンビで同点。これも引き分け。「どうした日本」「若手テストも攻め不発」と新聞は、相変わらず冷たい目で見ていたが、テストとしては成果があったのではないかと思う。
 さらに1日置いての第3戦は、スウェーデンに0対1で敗れた。加茂監督は、ここでもメンバーを大きく変えた。日本の新聞の扱いは、尻下がりに小さくなっていた。


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