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サッカーマガジン 1996年11月27日号

ビバ!サッカー

ボスマン判決の影響
―欧州サッカー調査の旅F―

 いまヨーロッパのサッカーを揺さぶっている大きな問題は「ボスマン判決」の影響である。9月に学生とともにヨーロッパへ「サッカー研究旅行」に出掛けた一つの目的は、この判決の影響について直接、関係者の話をきいてみたいことだった。この判決には二つの側面がある。

☆空港での差別
 ヨーロッパを旅して今昔の違いに驚くのは、空港での手続きがしごく簡略になったことだ。
 飛行機を降りて入国管理のゲートに行くと「EUパスポート」と表示したゲートと「EU以外のパスポート」と書いたゲートがある。EUはヨーロッパ連合のことで、イタリア、フランス、英国などヨーロッパの西側の15カ国をさしている。EUの国の人たちは、なんの手続きもなく、自由にゲートを通り抜ける。
 ぼくたち日本人は「EU以外」だから別のゲートを通る。ここでは検査がある。しかし、日本政府発行のパスポートは、ちらりと見るだけで通してくれる。
 ところが手続き書類を出し、パスポートを丹念に見られている人もいる。多くは開発途上国の人びとである。
 このように、いま西ヨーロッパの国の空港では3種類の差別がある。
 西ヨーロッパの国同士の間、つまりEU内部には国境がない。人びとは自由に出入りできる。
 日本のようにEUの国との間にビザの相互免除協定がある先進国は、ほとんど入国の手続きはいらない。しかし、入国審査をする権利をEUの国の側は留保している。
 そのほかの国の人びとは、これまでと同じように審査を受けて国境の壁を乗り越えなければならない。審査は以前よりかえって厳しくなっている面もある。というのは、発展途上国から来た人びとが、EUの国のなかに住み着いて働くのを警戒しているからである。

☆EU内の移動の自由
 ヨーロッパの空港での3種類の差別は、サッカー界にも影響をもたらしている。その端的な表れが「ボスマン判決」である。
 サッカーの世界にも国境はある。これまでは、ヨーロッパの国同士の間でも選手の移動は自由ではなかった。たとえばイタリアのセリエAでは、日本のJリーグやプロ野球と同じように外国人選手の出場制限があり、イタリア人以外の選手は3人までに制限されていた。
 ところが、今年からEU内部では外国選手に対する差別ができなくなった。「ヨーロッパを一つの国のようにしよう」というのが、EUの目的だから、EUのなかでは人間も品物も自由に国境を越えられることに条約で決まっているからである。
 ヨーロッパ・サッカー連盟(UEFA)と各国のサッカー協会は、サッカー選手の移動については、これまでの制限を続けたいと主張していた。
 一方、EUの方は、サッカー選手も労働力であり、例外は認めないと外国人選手制限撤廃を求めていた。この対立に決着をつけたのが「ボスマン判決」である。
 この判決は昨年の暮れ、1995年12月15日にルクセンブルクの欧州裁判所で下されたものである。
 ベルギーのジャンマルク・ボスマンという選手が、1990年にFCリエージュからフランスのダンケルクに移ろうとしたとき、リエージュがダンケルクに要求した移籍金の額が折り合わずに契約できなかった。それで裁判を起こしたのに5年ぶりで決着がついたものである。

☆クラブの保有権を否定
 ボスマン判決には、二つの面がある。
 一つは、プロサッカー選手も労働者であり、EU域内を自由に移動させなければならないとしたことである。関西の大工さんが大阪での仕事が終わったので東京へ行って仕事をするのをとめることはできない。それと同じだというわけである。
 つまり「労働力の移動に国境はない」ということだが、これはEU内に限った話である。西ヨーロッパの外、たとえば南米諸国や旧社会主義諸国の東ヨーロッパの選手は外国人選手制限の対象にできる。これは空港の入国管理に二つのゲートがあったのと同じ差別になる。
 ボスマン判決のもう一つの面は、選手に対するクラブの「保有権」を認めなかったことである。
 ボスマン選手とFCリエージュとの契約期間は終わっていた。だから、どこのクラブに移ろうと自由なはずだが、サッカーの世界ではクラブの間の移籍にも壁が設けられていた。ダンケルクがボスマン選手と契約したいなら、前に所属していたリエージュに移籍金を払わなければならない。移籍金の金額が折り合わなければ、ボスマン選手は移動できないという約束事である。契約期間が満了しても、前に在籍していたクラブに「保有権」があるとするスポーツ界独特の考え方に基づいている。
 欧州裁判所は、この考え方を否定した。選手の移動は、ヨーロッパのEU域内では自由になった。
 これは、いまヨーロッパのサッカーを揺さぶっている大問題である。


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