イタリアヘサッカー調査旅行に行ったとき、フランスへ寄ってパリ・サンジェルマンの試合を見た。お目当てはJリーグのアントラーズにいたブラジル代表のレオナルドである。日本のプロとは比較にならない厳しい守りに囲まれながら、レオナルドのプレーは実にすばらしかった。
☆パリ・サンジェルマン
夏休みの終盤を利用して欧州サッカー調査の旅に出たとき、パリに寄ろうと言い出したのは同行の学生たちである。パリ・サンジェルマンに移ったレオナルドを見たい、という狙いだった。
パリ在住の知人に手配して9月20日のランスとの試合の、いちばんいい席を取ってもらって、旅程を組み替えた。
競技場はパルク・ド・プランスである。早めに出掛けてスタジアムのまわりをめぐって、セーヌ川からちょっと外れた町なかにある由緒あるスタジアムの雰囲気を楽しんだ。
サッカーは世界のスポーツであり「どこでも、いつでも、誰とでも」がモットーのグローバルなスポーツである。どの国でも、同じルールで、同じような組織で大衆がゲームを楽しんでいる。
そうでありながら同じ欧州のなかでも国によって、あるいは町によって、スタジアムの雰囲気に違いがある。パルク・ド・プランスには、やっぱりパリの市民の匂いがある。
スタジアムに入って、指定の席を探そうときょろきょろしていたら、係のおばさんが、にこやかに近付いてきて親切に案内してくれたので、「メルシー」とだけいって席についた。座って、まわりを見ていたら、あとから来たお客は、案内のおばさんにチップをあげている。
これまでの海外取材では記者席で試合を見ていたから、こういうことには気が付かなかった。本当の雰囲気は観客として見ないと味わえないのかもしれないと改めて考えた。
☆厳しい守りの試合
今回の欧州の旅で、これが初めて見る試合だった。「最近の欧州の国内リーグは、どんなものなんだろうかな」と思いながら、のんびりと席に座っていた。新聞記者だったころと違って、すぐ記事を送らなければならないというプレッシャーがないから気は楽である。
試合が始まってみて驚いた。「これがフランス・リーグか」という感じである。スタジアムはパリの市民の楽しい社交場という雰囲気だが、フィールドの芝生の上は激しく、厳しいプレッシャーの応酬で、フランスらしいエスプリはかけらもない。
ぼくだって、そんなに古き、良き時代の欧州のサッカーを知っているわけではない。しかし、まあ、あの1970年代から80年代にかけてのミシェル・プラティニの優雅さも消え失せている。
おたがいに守備ラインを大きく上げて、いわゆる「コンパクトなサッカー」を狙っている。双方の守備ラインの間隔が十数メートルしかなくて、その横長の狭い地域のなかにゴールキーパー以外のプレーヤーが密集して、相手の良さを殺そうと厳しくチェックしあっている。日本でも現在は同じようなサッカーが行なわれているが、もっと厳しく徹底している。
7、8年前に来日したベッケンバウアーに話を聞いたとき、「最近のドイツでは、こういう守りのサッカーが流行していて、おもしろい攻めをしようと思っても、どうしようもないんだよ」と嘆いていたのを思い出した。
「フランスよ、お前もか」である。
☆パリのブラジル人
そういう厳しく激しい「殺し合い」のなかで、ただひとり、テクニックとセンスを、のびのびと発揮したのがレオナルドだった。
フランス風の洗練された優雅さではない。ヒョウ(豹)のようなブラジル風の野性味のある優雅さを、オオカミの群れの中で、余裕を持って見せていた。
試合は4対0でパリ・サンジェルマンの快勝だった。前半17分の先制点はレオナルドだった。34分の2点目は、レオナルドがライーとのコンビでアシストした。後半38分の4点目はレオナルドのゴールだった。
レオナルドのどこが、すばらしいか?
激しい守り合いのなかで、レオナルドは常に周りを見て、するするとプレッシャーから抜け出して、もっとも適切な位置に出る。
周りを見ることが出来るのは、厳しいマークを、ちょっと外す緩急のセンスと鋭い動きを持っているからであり、ボールをもらったときに、敵のマークをすばやくかわすことの出来るテクニックを持っているからであり、あらかじめ周りを見ていて、それを生かすことの出来る創造的なイマジネーションが豊かなためである。
つまりレオナルドは、古き良き時代のブラジルのサッカーの良さを現代のパリで生かしているプレーヤーである。
「レオナルドはすごいよ。やっぱりブラジル代表の10番だよ」
同行のわが学生諸君は、大満足だった。
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