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サッカーマガジン 1996年9月25日号

ビバ!サッカー

サッカー協会の75周年

 日本サッカー協会が設立75周年を迎えて、いろいろ記念行事を行なっている。75年目だからといって、時の流れに特別のことがあるわけではないが、なんらかの節目を作って歴史を顧みるのも悪くない。この機会に「日本のサッカー史を大切に」と訴えたい。

☆FAカップ寄贈の謎
 日本サッカー協会ができたのは、1921年(大正10年)9月10日ということになっている。この日の夜に当時の大日本体育協会の理事だった今村次吉氏のお宅で会議を開いて「大日本蹴球協会」の設立を決め、これが協会の第1回理事会となった。それから数えて75年目というので、日本サッカー協会は、この9月10日に東京の新高輪プリンスホテルで盛大に記念行事を行なう。75周年を忘れなかったのは結構なことである。
 「なぜ75年目が重要なんだ」と理詰めでこられると答えに窮するけれど、四半世紀ごとに節目を作って歴史を思い出そうというヨーロッパにはじまった習慣だろう。
 協会設立のきっかけになったのは、1919年(大正8年)にイングランドのサッカー協会(FA)から銀のカップが贈られてきたのがきっかけである。このカップは英国大使館から東京高等師範(いまの筑波大学)の嘉納治五郎校長に3月28日に伝えられた。このカップの寄贈は、事前に3月12日付の東京朝日新聞の特ダネになっている。これは、ちょっと不思議なことである。
 イングランド協会がカップを寄贈してきたのは、ロンドン・タイムスに「日本にサッカー協会ができた」という記事が載ったためだとされている。この時点では日本にはサッカー協会はできていないのだから、そういう報道がなされたとすれば、間違ったニュースである。しかしタイムスの資料室で調べても、そういう記事は残っていないという。これは第2の不思議である。

☆新田純興氏の功績
 FAカップの寄贈から大日本蹴球協会の設立まで2年半の期間を要している。これは第3の不思議だ。
 このような話は、日本サッカー協会の長老だった大先輩の新田純興さんから生前に直接うかがった。ロンドン・タイムスに行って調べたのも新田さんご自身である。
 ところで、大日本蹴球協会が設立される以前から、すでに日本全国でサッカーは盛んに行なわれていた。
 関西には大阪毎日新聞の主催する大会(現在の高校選手権)があり、名古屋地方には新愛知(現在の中部日本新聞)の主催する大会があり、関東には朝日新聞と東京高等師範が主催する大会があった。
 こういう各地の新聞社を背景とした大会の主導権争いが、FAカップ寄贈の謎をとくカギではないかと、ぼくは推理している。この疑問は数年前に天皇杯のプログラムに書いたことがあるが、まだ解明できてはいない。
 ぼくが新田さんから聞いた話も、記憶があいまいになりつつあるし、推理はまったくの見当違いかもしれない。読者の方のなかに、このことについて、なにか資料をお持ちの方がいれば、ぜひ教えていただきたい。
 新田純興さんは、東京帝国大学のサッカー部(ア式蹴球部)の創設者の1人で協会発足の時代に選手として生きておられた。晩年は、日本のサッカーの歴史を掘り起こして保存するために非常な努力をされた。
 いま75年の歴史を振り返ることができるのは、新田さんが残された資料のおかげである。

☆歴史を大切にしよう
 その新田さんが「日本サッカーの歩み」という本を出したことがある。日本サッカー協会50周年記念出版だったと記憶している。
 実は「日本サッカー史」の編集発行は、新田さんを中心に日本協会で委員会を作ってもらうことにして、ぼくが出版社に持ち込んだものだった。
 しかし、結局は新田さんが、ご自分の思い入れで1人で編集したので、当時のぼくほ、いささか不満だった。出来上がってみて、はじめて、こういうものは船頭が大勢いてはダメで、どんどん作ったほうがいいのだということに気が付いた。今になってみると、この本は、日本のサッカーの歴史を知るための貴重な手ががり、足がかりだった。
 ところがである。 
 4、5年前に日本サッカー協会の事務局から、ぼくの家に電話がかかってきた。
 「新田さんの作られた『日本サッカーの歩み』を余分に持っていたら1部寄贈してもらえませんか」というのである。協会の出版物だから、われわれが協会に「まだ残部がありますか」と問い合せるのなら分かるが、話は逆である。 
 もちろん、協会には取り置きがあったのだが、いつのまにか誰かが持っていってしまって、一冊も保存してないという。新田さんは一生懸命だったのに、協会自身には自分たちの歴史を大事にしようという気持がなかったようである。 
 今回発行される「75年史」は、こういうことにならないように、大事にしてほしいと願っている。


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