アーカイブス・ヘッダー

 

   

サッカーマガジン 1996年8月14日号

ビバ!サッカー

ああ! アトランタ!

 アトランタ・オリンピックに対する日本国民の、いやNHKテレビと新聞の熱狂にあきれている。サッカーで日本がブラジルを破ったとき新聞の1面トップになったのには、びっくりした。これでナイジェリアに負けたときにも1面トップならマスコミもブラジルなみなのだが……。

☆ブラジルを破った快挙!
 冷房のきいた部屋で暑いアトランタの熱い戦いを楽しんでいる、と書きたいところだが、実は大学の学期末でレポートの採点をしながら、ふうふう言っている。
 日本とブラジルの試合のときも、前半0対0のところまでテレビで見て、後半は教室で250人あまりの学生にレポートを書かせていた。終わって席に戻ったら「さっき学生が来て日本が勝ったと知らせてくれましたよ」と同僚が教えてくれた。わが大学には、こういう気の利いた学生がいる。
 それからは会う人ごとに「おめでとう。日本のサッカーは、たいしたものだ」と、お祝いの嵐である。今のぼくは、アトランタ行きの計画も取り止めて、教育を第一にしているつもりなのだが、周囲は、ぼくの先生としての努力を認めないで、サッカー狂のなれの果てぐらいにしか思っていないのである。
 若い日本代表がブラジルに勝って、ぼくもうれしい。「歴史的金星」は大げさだと思うが、とにかくサッカー王国のチームと勝負できるレベルにまで日本のサッカーがあがってきたのは「たいしたもの」である。
 ブラジルは優勝候補である。若いプレーヤーは、あきらかに将来のワールドカップ代表候補だし、ベベットなど本当のトップクラスのスターも補強している。
 一方の日本は大会規則で認められている3人枠の補強をせず、23歳未満の若手だけでチームを編成した。
 それでも1対0で勝ったのだからすばらしい。

☆単なる幸運ではない!
 日本がブラジルに勝ったのは「ボールは丸い、どちらにも転がる」というサッカーのことわざの典型だった。これは明らかである。
 シュート数は29対3。ブラジルの攻めを日本は、しのぎにしのいだ。ブラジルのシュートは、ことごとく奇跡のようにゴールキーパー川口の手元に吸い込まれ、あるいはゴールポストをたたいた。
 そして、本当にラッキーな1点が日本に勝利をもたらした。相手のゴールキーパーとディフェンダーの連係ミスが、後半27分の日本のゴールになった。
 もちろん、この勝利を単に「ラッキー」で片付けることはできない。
 足技自慢のブラジルに1点も許さずに頑張った守りは、明らかに日本のサッカーのテクニックのレベルアップを示していた。気力と体力だけでは、あのブラジルの技術をしのぎきれるものではない。こちらにも、ボールを確実に扱える技術があったからこそ、90分間を耐え抜くことができたのだと思う。ゴールキーパーの守りも的確で果敢な判断に裏打ちされている。
 この成果を生んだ理由が二つある。
 一つはJリーグである。若いプレーヤーは、Jリーグで世界的レベルの外国人選手と競り合う経験を積んでいる。今回のブラジルの若手より上のクラスと毎週、試合をしている。その経験がものをいっている。
 もう一つは、日本の国内のサッカー人口拡大の成果である。若いオリンピック代表は、広い裾野にささえられた頂点だということができる。

☆底辺拡大の成果!
 「サッカー人口の拡大が、ものをいっている」と感じたのは、動きの早さで、日本のプレーヤーが負けていなかったからである。
 味方と敵の中間に出たこぼれ球に寄るときに、日本のプレーヤーの出足は、全部が全部というわけではないが、ブラジルのプレーヤーより早い場合があった。
 こういう「はやさ」はファイティング・スピリットだけによるものではない。これは「判断のすばやさ」と「筋肉のすばやさ」の積である。「判断のすばやさ」の方は、経験がものをいう。いろいろなケースが大脳にインプットされていて、それが瞬間、瞬間にひらめいてくる。Jリーグでの経験が、ここに生かされている。
 「筋肉のすばやさ」の方は、先天的なものだと、ぼくは考えている。つまり、生まれ付きすばやく収縮する筋肉を持っている人たちがいて、その人たちがテクニックと経験を身につければ、すばやく動けるプレーヤーになるわけである。
 「筋肉のすばやさ」が先天的なものだとすれば、競技人口の底辺が広くなければ、いいプレーヤーが出てくる可能性は少ない。
 多くの子どもたちがサッカーを楽しんでテクニックを身につけ経験を積む。そうすれば、そのなかに、すぐれた筋肉を持っている子どもの数の絶対値が増えるはずである。
 とはいえ、世界のトップレベルとの間に、まだ、いろいろな差があることも明らかだ。そのことは改めて考えてみることにしよう。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ