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サッカーマガジン 1996年8月7日号

ビバ!サッカー

2002のメディア論

 20世紀末の地球に一つの妖怪がうごめいている。マードックという名の妖怪がうごめいている。この妖怪は電波を操り、マスメディアを動かし、スポーツを乗っ取り、サッカーを独り占めにしようとしている。2002年ワールドカップの運営は、この妖怪を無視しては語れないのではないか。

☆W杯放映権の裏の裏
 このところ、世界のマスコミはルパート・マードックという人物に振り回されっぱなしだった。
 2002年のワールドカップが日本と韓国の共同開催になった。これは皆様、ご存じの通り。その2002年ワールドカップのテレビ放映権をFIFA(国際サッカー連盟)は、競売で10億4000万ドル(約1150億円)で売り渡した。これも知る人はご存じの通り。
 買い取ったのはスイスの広告代理店「スポリス」とドイツの有力メディア会社「キルヒ」の共同入札グループで、この「スポリス」はFIFAのワールドカップのマーケティングを引き受けていたISLが、この入札のために作った会社である。
 ISLは、もともとは国際的スポーツ用品メーカーのアディダスと日本のPR企業の電通が作った会社である。
 ここまではその道の事情通には理解できる話だった。
 ワールドカップのテレビ放映権を落札したグループのうち、もう一方の「キルヒ」は、ミュンヘンに本拠を置くグループで、テレビ放送を国内で3チャンネル持ち、スイスとイタリアとスペインにも1チャンネルずつ持っている。ヨーロッパでは有名なメディア企業である。
 話は、ここまででは終わらなかった。
 このキルヒの事業子会社が、英国のテレビ会社「BスカイB」と資本提携することになった。このBスカイBのオーナーがマードック氏である。

☆マードック台風
 このマードックという人は、オーストラリアのニューズ・コーポレーションという会社のオーナーで、各国の新聞やテレビ局をつぎつぎに買収して、世界のメディア王と呼ばれるようになっている。
 しかし、このマードック台風は、主として英国で、つまり英語圏で吹き荒れていたので、日本には来ないだろうと思われていた。日本語の壁は外国人にとっては相当に手強い。英国圈のマスコミは、日本語のマスコミには魅力を感じないだろうと考えられたからである。 
 そのうえ、日本では、読売、朝日など大新聞を核にしたグループが、テレビ局も持っていて組織はしっかりしているし、国内法で外国人は日本のマスコミの株を持ちにくいようになっている。この規制にも守られているから、マードック氏も日本には手を出しにくいだろうと思われていた。
 ところがである。
 6月にマードック氏と組んだグループが、テレビ朝日の筆頭株主になった。受験雑誌で有名な旺文社のグループが持っていた株を、そっくり譲り受けたのである。
 この時はまだ、マードック台風が、ワールドカップに関係があるとは、知らなかった。 
 7月8日に、ドイツの「キルヒ」が、マードック氏の「BスカイB」と組むことが発表された。キルヒは2002年ワールドカップのテレビ放映権を握っている。つまりマードック氏は、ついに日本とワールドカップに乗り出したのである。

☆デジタル衛星テレビ
 「BスカイB」はブリティッシュ・スカイ・ブロードキャスティングの略である。直訳すれば「英国大空放送」ということになるが、ここでいうスカイすなわち大空は、宇宙を飛んでいる人工衛星のことで、放送は主としてテレビである。
 つまり、これは衛星テレビの会社である。
 BスカイBは、ドイツのキルヒが新しくはじめるデジタル・テレビ会社DFIの株式のうち49%を取得する。つまり完全に乗っ取らないだけで、事実上の共同経営者である。さらにキルヒのスポーツ専門チャンネルのDSFの株式も25%を取得する。
 ここまでくれば、大筋は読めてくる。
 キルヒにしろ、マードック氏にしろ、狙いは衛星によるデジタル・テレビである。
 くわしい説明は、ここでは省略するが、デジタル方式だと現在のアナログ方式よりも、はるかに多くのチャンネルで放送することができる。
 しかしチャンネルが多くなっても放送する内容がなくては話にならない。そこで番組、いわゆるソフトの確保が大競争になっている。
 その点でスポーツの中継は魅力的である。
 英語やドイツ語や日本語の壁を越えて提供できるもの、それは国際的なスポーツの映像であり、その極め付けはワールドカップである。
 この1カ月間に世界のメディア界で起きた一連の出来事は、2002年のワールドカップに深い関係がある――と、ぼくは考えているが、これは読みすぎだろうか。


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