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サッカーマガジン 1996年7月3日号

ビバ!サッカー

南北開催案の非常識?

 2002年ワールドカップの日韓共同開催でショックを受けていたところに「韓国の試合会場を北側にも置いて南北共同開催を」という提案が伝わってきた。政治的な効果を狙う発言が横行するのは困ったものだ。南北問題の現実は、もっと厳しいのではないのか。

☆軽率な政治的発言
 2002年ワールドカップの日韓共同開催が決まったとたんに、韓国サッカー協会の鄭夢準(チョン・モンジュン)会長が、またも南北開催案を持ち出した。
 FIFA(国際サッカー連盟)のブラッター事務総長が、すぐに「開催地は日本と韓国で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は含まない」とクギをさしたが、鄭夢準さんは、筋書き通り「日韓共同開催」になって、調子に乗りすぎたようだ。
 もともと南北問題は、韓国側のアキレス腱になりかねない要素を持っていたはずである。朝鮮半島の政治的不安定は、ワールドカップ開催にマイナスだからである。
 とはいえ、南北統一は双方にとって民族の悲願だから、南北共同開催を夢見るのは、向こうの人たちにとっては当然のことであり、現実にはいかに困難であろうとも、その実現に努める意志を明らかにしておくことが世論に対しても必要なのかもしれない。その点に関しては、われわれは、とやかくいう立場にはない。
 ところが日本の政治家のなかに、いとも簡単に「日本プラス南北開催支持」を表明した偉い人がいた。この人はワールドカップが、どんなものかを知らずに発言したに違いないのだが、幸いに橋本総理大臣が「この問題を政治のおもちゃにすべきじゃない」と、たしなめてくれた。
 現実には、われわれは日韓共同開催を、いかにうまく実現するかに知恵を絞らなければならない立場にある。南北開催は日本側としては、議論の外である。

☆最悪のシナリオ
 現実的に視野に入れなければならないのは、むしろ現在の北の体制の崩壊である。東西ドイツの「ベルリンの壁」が崩れたのと同じような事態が、38度線で起きた場合には、ワールドカップ開催にも大きな影響があることは容易に想像できる。
 最悪のシナリオは、韓国での試合開催が難しくなることである。ベルリンの壁が崩れて東西ドイツがいっしょになったとき、旧西ドイツは旧東ドイツの経済を抱え込んで苦しい立場に追い込まれた。それと似たようなことが朝鮮半島で起きたら、ワールドカップ開催どころではないかもしれない。
 平和的に経済的あるいは政治的な困難もなく南北の統一が実現し、ワールドカップの会場を北側にも設けることができるのなら、歓迎すべき事態である。これは最善のシナリオである。そのときにはFIFAも考えを変えるかもしれないが、現状では予見できるシナリオではない。
 ワールドカップは2002年である。あと6年の間に最善のシナリオが実現する、きわめてわずかな可能性を語るのが現実的だろうか。
 豪華マンションに住むのを夢見ることはできる。財力があれば、あるいは宝くじにでも当たれば、実現が不可能というものでもない。
 しかし、そうなった場合に備えて用心深く考えておく必要は、ほとんどない。
 大きな地震が来てマンションが崩壊する確率は低いかもしれない。しかし、地震に備えておくことは、最善のシナリオを夢見ているよりも、ずっと現実的である。

☆不測の事態に備えて
 したがって、日韓共同開催にとっての最悪のシナリオとして、韓国が開催を返上して日本単独開催に舞い戻る可能性を消し去るわけにはいかない。
 もちろん逆のシナリオを想定することもできる。日本に天変地異が起きて、韓国の単独開催になる場合である。われわれとしては、そうならないように祈るしかない。
 そこで、日韓共催の方向が固まったいまも「最悪のシナリオ」としては、日本単独開催を視野に入れておかなくてはならない――というのが、ぼくの逆説的な発想である。
 友人がいう。
 「そうすると、FIFAは共同開催で、朝鮮半島の事態の急変に備えて保険をかけたのかもしれないな」
 この考えは、うがち過ぎだと思うが、日本の天変地異は予測できないけれども、南北朝鮮の緊張状態は現に存在するのだから、そのことを考えに入れた人がいても不思議ではない。
 「だから日本では、15都市、いや16都市で開催すべきなんだよ」
 ぼくは前号で述べた意見を繰り返した。
 日本の会場としては15都市が予定されていた。日韓共同開催になって日本の会場が半分に減らされることを、その15の自治体は心配している。
 前号に述べたようなアイディアで15都市、あるいはもう1都市を加えて16都市でホーム・アンド・アウェーの予選リーグを予定しておけば、不測の事態にも備えることができると思うのだが、どうだろう。


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