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サッカーマガジン 1996年6月12日号

ビバ!サッカー

2002年、直前の怪情報

 ワールドカップ2002の招致運動が大詰めになって、変な雑音がマスコミと関係者を揺さぶった。それも日本のサッカーの首脳部の、いちばんの実力者の口から出たのにはびっくりした。この期に及んで、この軽率さと情報収集能力では、今後のことが、いささか心配である。

☆チェアマンの軽率発言
 6月1日のFIFA理事会を目前に控えて、ワールドカップ招致についての講演を頼まれた。本来なら事情に通じたサッカー協会のお偉方に頼むところだろうが、あいにく、かんじんな人たちは、運動のために世界中を飛び回っていて、大忙しである。
 それに、こう切羽詰まってくると責任のある立場では、うっかりしたことは言えない。与える影響も大きいし、うっかりしたことを言って、結果に裏切られたりしたら、たいへんな責任問題である。
 だから比較的、責任のない立場のフリーなジャーナリストに頼んだんだろうと想像した。 
 ところがである。
 ぼくの講演の前日に、日本招致委員会の副実行委員長で、Jリーグ・チェアマンの川淵三郎さんが、とんでもない発言をした。
 「日本がきわめて危ういという情報が入ってきた。この10日間で票が読めなくなった。かなり厳しい状況にある」
 リングにあがっているボクサーは、外からみていて明らかにポイントで負けているときでも「優勢だ、勝っている、あと一押しだ」と信じて戦うものだそうである。最終ラウンドにはいったときに当事者が弱音を吐いては、応援している方は、がっくりくる。
 川淵さんは、翌日の記者会見でも「非常に危ない」と表現した。
 その後は沈黙を守ることにしたそうだが、責任ある立場の人間としては軽率な発言だったと思う。

☆ある情報の根拠は?
 川淵副委員長の悲観的発言の根拠になった「ある情報」とは何だろうか。
 ぼくが関西で読んだスポーツ新聞では、ある程度匂わせてはあったが、はっきりは書いてなかった。
 「南米の国」とスポーツ紙には書いてあった。かりに、その国のリーグに韓国の企業がスポンサーになろうと申し出たとする。5年間、数百万ドルの広告を出してくれたら、おおいに助かるだろう。FIFAの理事は個人としては、お金持ちで良識ある人びとだが、また同時に、その国のサッカー界を代表する人物でもある。個人としては揺さぶられることはないにしても、国のサッカー界全体の利益になることとなれば心が動くかもしれない。 
 そう考えれば、これは、なかなか、うがった話である。 
 「南米の国」とは、アルゼンチンだろうと、ぼくは想像した。
 南米でFIFA理事会にメンバーを出しているのはブラジルとアルゼンチンとエクアドルである。 
 ブラジルは、アヴェランジェ会長の、お膝元だから、内部にお家の事情はあるにしても、うっかりした情報は洩らせないだろう。だとすればアルゼンチンだと考えたわけである。 
 アルゼンチンには、FIFA副会長のグロンドーナさんがいる。
また、ブエノスアイレスには、日本サッカー協会に協力している日本人の実業家がいて、グロンドーナさんと非常に親しい。 
 というわけで、情報はその線から川淵副委員長に伝わったのではないかと憶測した。

☆協会の情報収集力は? 
 「いやいや、そんな単純な話ではあるまい」とも考えた。
 ブエノスアイレス在住の協力者と日本のサッカー関係者との付き合いは、アルゼンチンでワールドカップが開かれた1978年以来のことである。Jリーグができるずっと前からである。
 2002年の招致運動には外務省も協力し、サッカー協会も、いろいろな人脈に手を広げてベストを尽くしているに違いない。
 したがって、かなり古い個人的な人脈の情報だけに驚いて悲観的になるはずはない、とも思われる。
 他にも有力な筋があって多くの情報を総合して川淵発言になったのだとすれば、これは重大事である。
 一方、かりに古い一本の糸を頼りに重要な結論を出しているのだとすれば、日本サッカー協会の情報収集力は、いささか頼りない。
 さて、こういう情勢の中で、ぼくは講演で何を話したか。
 ジャーナリストとしての立場だといっても、そう無責任に「絶対大丈夫です」ともいえないし「とても無理ですよ」ともいえない。
 一般の聴衆相手ではなく、限られたメンバーのための講演だったからかなり突っ込んだ話もしたが、結論は、このビバ!サッカーに前に書いたように「FIFA理事会の良識を信じたい」というほかはなかった。その時点での良識的判断は12対8というのが、ぼくの票読みだった。
 ぼくは協会や外務省のような情報網は持っていないから、この数字は、もちろん希望的観測にすぎない。


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