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サッカーマガジン 1996年5月1日号

ビバ!サッカー

大学生の就職とJリーグ

 4年目のJリーグに批判の声も聞こえてくる。前回取り上げた観客数減少の原因追究もその一つだが、教育の現場から聞こえてくる指摘も聞き逃せない。大学のサッカー関係者からは「Jリーグには行かせたくない。ふつうに就職するよう勧めている」という話を聞いた。

☆Jリーグに行くな!
 「Jリーグのチームの観客動員に協力したくない」という大学関係者の話を前回、紹介した。
 その同じ大学関係者が「サッカー部の卒業生をJリーグのチームには送り出したくないと思ってます」と話していた。
 理由はこうである。
 「卒業するサッカー部の選手をとりたいというから協力して、本人も喜んで行ったんですが2年目には、もうお払い箱ですよ。そのくせ、まだ在学中のプレーヤーにも、ちょっかいをかけてくる。ぼくは、Jリーグには行くなと言っているんです。ふつうの企業チームに入ったほうがいい。トップレベルでサッカーができる年齢は限られているんだから、定職を持てと言っているんです」
 その気持は、よくわかる。ぼくはいま大学の学生部長をしていて、就職も守備範囲である。できたばかりの大学で、まだ2年生までしかいないから差し迫ってはいないが、いい学生を育てて、いい就職先に送り出したいものだと夢見ている。
 「サッカー選手が欲しい」と言っている企業を断って、いい学生をJリーグに送り出したら、断られた企業は、次の年にはもう求人をくれないかもしれない。就職難の時代に、大学側にとって、これはつらい。
 いい学生を送り出して、こちらの大学の教育能力を評価してもらい、次の年も次の年も引き続いて採用してもらおうと努力しているのに、ぽんと引き抜いていって「やっぱりダメだ」と1年でポイでは、人材を送り出したほうはたまらない。

☆プロと企業勤めの得失
 「だけどプロなんだからな。実力がなければ1年でポイとなっても仕方がない。覚悟の上だろ」
 友人が反論した。
 ごもっとも。
 実力があったってケガでダメになることもある。
 Jリーグのクラブの誘いに乗った本人は、もう大学生なんだから、自分の進路を自分で選ぶ権利も能力もある。
 プロとして契約すれば、いつでもクビになる危険があることは承知の上だろう。
 しかし、うまくいけば、好きなサッカーを続けながら、ふつうの会社に入った同級生の何倍もの収入と名声を得ることができる。
 これは一つの賭けである。人生には、自分自身を賭けなければならない機会が何度もある。
 とはいえ、優秀な人材が数年でクビになり、路頭に迷うようなことが続出しては、世の中全体の仕組みが、うまくいかない。「本人が賭けに失敗したんだから、本人の責任だ」というだけではすまされない。
 一つの問題は、永年雇用、年功序列の仕組みである。日本の会社では、大学を出て入社すると定年までずーっと、その会社に勤め、最初は給料は安いが勤続年数が長くなるにつれてあがっていく。日本のサラリーマンは、そういうものだと多くの人が思っている。
 そうであれば、若いうちはサッカーで稼いで、プロとしてやっていけなくなったら、途中から企業で働こうというわけにはいかない。最初から企業に入らないと不利である。

☆転身は難しくない?
 ベッケンバウアーは、ユースのプレーヤーだったころ、専門学校に通っていた。プロとして成功しなかった場合に備えて、会社勤めができるように勉強をしたわけである。
 実際には、とんとん拍子に世界のスーパースターになったから会社勤めの必要はなかったが、同じように自分で勉強してサッカー以外の技能を身につけ、そっちのほうで身を立てたサッカー選手は、他には、たくさんいるに違いない。
 日本の大学サッカー選手も、大学でしっかり勉強して世の中の役に立つ技能を身につけておけば、Jリーグへの賭けが失敗しても、立派に食っていけるのだから心配ない――と言いたいところだが、日本とドイツでは事情が違う。
 ドイツでは、サラリーマンは一つの会社に骨を埋めるものだとは考えない。また大学を出る人間の割合も多くはない。大部分の人は、技能を身につけ、その技能を生かして働くことを考える。
 日本では、大学への進学率が非常に高い。しかし大学は、職業につくための技能の訓練には、あまり重きを置かないところである。
 職業技能がないうえに、会社の雇用の仕組みが途中入社では不利なのだから、プロで失敗したら困ると大学の先生が考えるのも無理はない。
 「日本も必ずしも永年雇用じゃない」という説もある。そうだとすれば、自分で実力を身につけさえすれば、サッカーへの賭けに失敗しても転身は難しくないはずだが、現実はそうではないようである。


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