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サッカーマガジン 1996年3月13日号

ビバ!サッカー

続続・移籍に関する一考察

 20歳台の若者が億と名のつく金額の年収を得るようになっている。サッカーやプロ野球の世界の話である。もちろん、本人の努力で、生まれながらの素質が花開いたものではあるが、少年たちを育てた学校やクラブには何の見返りもないのだろうか?

☆チェコ問題の真相は
 まずは、プロ野球の話だ。
 広島カープにチェコという投手がいる。ドミニカ共和国から来ている選手だ。中米のカリブ海と大西洋の間に連なる西インド諸島のなかにある国である。
 8年ほど前に、ここに広島カープが野球学校を開設した。このアイディアのミソは3つある。
 第一は、このあたりには強くてすばやい筋肉を持った人びとが多く、しかも野球が盛んなことである。
 第二は、気候温暖でトレーニングに最適なことである。
 第三は、土地をはじめ物価がやすくて経費がかからないことである。
 カープから指導者を派遣し、地元の素質のありそうな少年たちを集め、宿舎も食事も用意し、おこづかいを与えて選手養成に乗り出した。
 狙いは、もちろん優秀なプレーヤーを作り上げて、カープで活躍してもらうことである。 
 いろいろ問題点はあったのだが、ともかく狙いどおりに、そのなかからチェコ投手が育って広島カープに入団した。
 そこまでは良かったのだが、プロ野球にも外国人枠があって、チェコ投手に出番が来るのは日本人の選手よりむずかしい。それに他の外国人選手に比べると給料がだいぶやすい。それでチェコ投手が不満をもって待遇改善を要求し、それが受入れられないと、退団して米大リーグの球団に移ると言い出した。
 真相はよく分からないが、新聞の報道を読んで、事情はこんなところじゃないかと、ぼくは想像した。

☆保有権制度の崩壊
 カープとしては、そんなわがままは許せない。
 ドミニカに投資して野球学校を開設し、おこづかいまで出して養成した選手である。数多くの若者のなかから育て上げて、やっとものになった選手に、はい「さよなら」と言われては、せっかくのアイディアと投資がムダになる。
 そこでカープは、チェコ投手に対する「保有権」を主張した。
 日本のプロ野球の制度では球団は選手と1年契約を結ぶが、契約が切れても次の年度の契約をする権利はその球団にある。これが「保有権」である。
 しかし、これは日本の国内での制度である。米国の大リーグには、また別の制度がある。広島が、太平洋をまたいで日本の制度の効力を主張しても、裁判にでもなると、かなりやっかいである。
 そこで妥協案が出て、来シーズン、広島がレッドソックスヘチェコをトレードする形で解決することになった。
 レッドソックスが広島に移籍料を払うことになり、広島は保有権を認められて「面目を保った」と新聞に書いてあったが、どの程度の移籍料が払われるのかは分からない。
 移籍料が払われたとしても、ドミニカのアカデミーでの養成費を償う額ではないだろう。実質的にはチェコの保有権をカープがレッドソックスに売って利益をあげたことには、ならないだろうと、ぼくは思った。
 日本のプロ野球の保有権制度は、国際的には崩壊しつつあると、ぼくは解釈している。

☆一つの提案
 日本では、スポーツ選手の大部分は、学校が養成している。プロ野球の選手もJリーグの選手も大部分が高校か大学で育てられてくる。
 しかし、プロ野球の球団もJリーグのクラブも、高校の野球部や大学のサッカー部に移籍料も養成費も払わない。学校のスポーツ活動は、教育の一部であって、教育費は授業料として、あるいは税金の一部として選手たちの親が負担しているからだろう。
 そうであれば、プロ野球の保有権やJリーグの移籍金要求の権利は、どこから発生するのだろうか。球団やクラブが、勝手に権利を主張しているのは、社会正義に反しているのではないだろうか。
一つの解決案は、こうである。
 クラブが育てたプレーヤー、つまり広島カープのチェコのようなケースに関しては育てたクラブに、たとえば4年間の優先契約権を認める。これは選手育成のための投資を奨励するためである。4年のうちに他のチームに移るときの移籍金は優先契約権の譲渡になる。  
 高校や大学を出た選手については自由とする。ただし複数年契約を認める。契約年数と金額は両者の駆け引きによって決まる。5年契約をした選手が2年後に他の球団へ移るときの移籍金は残りの3年間の契約の譲渡である。
 移籍とは、こういうものではないか、連載3回にわたって考察したのだが「そんな、あほな」ということであれば、ぜひ、ご教示をいただきたい。


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