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サッカーマガジン 1995年5月31日号

ビバ!サッカー

ミューレル問題を考える

 ミューレルが、ブラジルに帰ると言い出した出来事について「日本のサッカーは外国人プレーヤーに、なめられてるんじゃないか」という声が聞こえてきた。でも、そんな時代は、もう終わったと思う。これは国際的なサッカービジネスの世界で、時として起きる話である。

☆外人になめられている?
 某大出版社の週刊誌の記者から電話が掛かって「サッカー界にもめごとが多いのでコメントを」と言う。
 「えっ」てなもんである。
 こっちは「最近もめごとがないので、ビバ!サッカーの材料にことかくな」と嘆いていたほどである。
 ぼくが新聞記者で、アマチュア・スポーツの総本山と言われた団体を担当していたころ、つまり20年以上前の話だが「Y紙のU記者が来るとトラブルが起こる」と悪口を言われたものである。
 これは、もちろん、いわれのない中傷である。
 トラブルが起きたから取材に行ったので、その逆ではない。
 そのくらい、スポーツ界にはトラブルがつきものである。いまのJリーグはトラブルがない方である。
 「でも、レイソルのミューレルが勝手に帰国すると言ったり、マリノスのソラーリ監督が、日本代表のゴールキーパーの松永を使わなかったり、どうも外国人の選手や監督にJリーグが、なめられてるんじゃないですか」
 なるほどね。週刊誌の記者の見方は、そういうことであったか。 「外国の連中が日本のサッカーをなめていたのは、Jリーグの1年目か2年目の話ですよ。3年目の今は、審判に文句言ったら手厳しく出場停止になるし、手抜きのプレーをしたら外国人選手には、いくらでも代わりがいるから、すぐクビにできる。外国から来た連中は低姿勢ですよ」
 と答えておいた。

☆ミューレルの場合は?
 ミューレルが、レイソルをやめてブラジルに帰ると言い出した表向きの理由は「奥さんが日本の生活に、なじめないから」ということである。それも真実だろうとは思うが、契約途中で「やーめた」というのは、もちろん筋が通らない。
 しかし人生で、家族はもっとも大切である。したがって、多少筋が通らなくても「やーめた」と言わなければならない場合も出てくる。ただし、そう言い出す場合は、当人に、犠牲を払う覚悟が必要である。
 ミューレルの場合、前にブラジルで在籍していたサンパウロに対して、レイソルは移籍金を払っているはずである。移籍金というのは、プレーヤーの保有権を譲り受ける代金で、ブラジル式にいえば「パスの買取り」である。
 ミューレルが、家庭の事情で止むを得ず帰国したいのであれば、レイソルは契約不履行の代償、つまり違約金を要求する権利がある。これはスポーツ用語でいえば、保有権ないしパスの代金をレイソルは要求する権利がある、ということである。 
 ミューレルが本当に自分の都合だけで帰国しなければならないのであれば、その違約金はミューレル自身が払わなければならない。 つまりミューレルが自分で、保有権ないしパスを買い取るわけである。
 ミューレルが、ブラジルに帰って別のチーム、たとえばコリンチャンスと契約するのであれば、コリンチャンスが、レイソルに移籍料を払わなければならない。これが国際的なサッカーの常識である。

☆フロントの能力は? 
 ミューレルの場合が、本当はどうであるのかは知らない。
 違約金を払わなくても、契約期間の途中で、勝手に帰国できると思っていたのなら「わがまま」というより「無知」である。しかし、プロフェッショナルが、そんなことを心得ないはずはない。 
 違約金を支払わなければならないことを知っていても、一つの駆け引きとして、家庭の事情を訴えてみることも、あり得る。 
 日本の感覚では「それは汚いよ」ということになりかねないが、これは、ある程度は、文化と習慣の違いである。 
 レイソルの方は、無理矢理引き止めることはできないのだから、ビジネスだと割り切って、厳しく違約金を要求したらいい。 
 ミューレルが、レイソルのサッカーのやり方には、とてもついていけないと思ったのかもしれない。それで本国のチームに移ることを希望しているのかもしれない。そうであれば、レイソルとブラジルのクラブとのトレードを成立させるしかない。 
 ただし、いまの円高とJリーグ・チームの気前のいい、お金の使い方から考えると、レイソルが支払った金額を、ブラジルのクラブが支払えるとは、とても考えられない。 
 以上のようなわけで、これは「ミューレルが日本のサッカーをなめている」というような話ではない。 
 レイソルのフロントが、ビジネスライクに処理すればいいことである。フロントに、その能力があるかどうかが、問われていると思う。


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