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サッカーマガジン 1995年5月3日号

ビバ!サッカー

また、またテレビヘの注文

 テレビ中継が減ったといっても、Jリーグができる前に比べれば、まだまだ多い。その点では頑張ってくれているテレビ局に感謝したい。中継の仕方も格段の進歩である。それでも、やっぱり、これまで何度も繰り返してきた注文を、また述べなければならないのは残念だ。

☆もっと、もっと名前を!
 このところ、サッカーの試合の現場に出掛けるチャンスが少ない。
 阪神・淡路島大震災のために交通不便になっていたのが、その理由のひとつ。先号に書いたように新しい兵庫大学を創る仕事に追われていたのが、もうひとつの理由である。
 その埋め合わせに、テレビ中継を熱心に見るようにしている。中継の回数が減って選択の余地が少なくなったのは残念だが、テレビ東京(関西ではテレビ大阪)とNHK衛星チャンネルのおかげで、一応、どれかの試合は見ることができる。
 テレビ中継については、これまでに何度も注文を出してきた。
 そのひとつのポイントは「選手の名前を言ってくれ」ということだった。しつこく主張したかいがあったのか、ボールが渡った先のプレーヤーの名前を言うように心がけているアナウンサーも少しは増えてきた。
 しかし、まだ南米のアナウンサーのように、名前だけを次つぎ言ってくれるアナウンサーはいない。情景描写のなかで、なんとか名前を言うように心がけている程度である。
 どうやらこれは、ラジオの実況中継の情景描写の伝統が尾を引いているらしい。
 でも、ラジオと違って、テレビでは「ゴールキーパーが取りました」なんて言ってくれなくても、画面を見てれば情景は分かる。
 一方、プレーヤーの背番号は、小さな画面ではなかなか分からない。テレビのアナウンサーは、視聴者に分からないところを、第一番に伝えてほしい、と思うわけである。

☆解説者はいらない?
 テレビに注文し続けてきた、もうひとつのポイントは「解説者のおしゃべりは、いいかげんにしてくれ」ということだった。
 この点は、いっこうに改善されていなくて、昨年Jリーグから表彰されたという某民放テレビなどは、旧態依然もいいところである。
 ぼくは、いくつかアイディアを考えている。
 第一に、解説者なしで、アナウンサーだけの中継をやってみたらどうか。解説者よりも、アナウンサーの方が、よく取材していて知識を持っている中継が、いくらもある。
 第二に、解説者を使うのなら、試合開始前、ハーフタイム、試合終了後だけにして、試合中はアナウンサーの独演にするのはどうか。これは中南米で、よくやっている方法で、Jリーグの1年目にNHKの衛星チャンネルが試みていたが、どういうわけかやめてしまった。
 ただし、解説者の話の中身は、某民放テレビを除いて、がいして質があがってきた。
 黒板に線を引くように、チョークを使って、画面に線や円を描いて解説する技法は、Jリーグ後に導入されたものだが、なかなか面白い解説もある。
 ただし、これもハーフタイムか、試合終了後がいい。試合の流れを中断されるのは、のめり込みながら見ている視聴者には迷惑である。
 NHKの中継で、試合中にオフサイドの説明を、このチョークでやっていたが、いまさらオフサイドの説明でもないだろうと思う。

☆ジーコと松木の名解説!
 そんななかで、4月8日に鹿島で行なわれたアントラーズとヴェルディの中継の解説に、前ヴェルディ監督の松木安太郎氏とジーコが登場したのは面白かった。
 前半40分ごろに、アントラーズに惜しい場面があった。この場面のジーコの解説に、まず感心した。
 後方のレオナルドが、右サイドに進出した黒崎にいいパスを送った。これを黒崎がシュートしたのだが、そのとき、ジョルジーニョが黒崎のさらに外側を、後方から進出していた。
 「ジョルジーニョは、フリーで進出しており、黒崎には敵のマークがついていたのだから、黒崎はちょっと待って、ジョルジーニョを使うことを考えるべきだった」というのがジーコの解説である。
 黒崎は絶好のボールを受け、ゴールへのコースが見えていたのだから、すかさずシュートしたのは当然だと、ぼくは見ていた。後ろに目があるように、後方からの進出を見ていることは思い浮かばなかった。
 ジーコの解説は、そういうぼくの見方のレベルを越えていた。
 後半39分にアントラーズが決勝点をあげたのだが、この決勝点についての松木氏の解説も良かった。
 失点がビスマルクとペレイラの連続したパスミスから起きたこと、ペレイラが自分のミスを取り返そうとあわててスライディング・タックルしたのが悪かったこと、などをすかさず指摘した。
 解説も、このレベルになれば、多少ゲームの流れを妨げても我慢できるというものだ。


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