2002年のワールドカップ開催地に、日本と韓国が立候補しようとしている。ともに「アジアで初めて」がキャッチフレーズである。あと1年半に迫ったFIFA(国際サッカー連盟)理事会での投票に向けて、票読みが厳しくなってきたという見方が出ているが…。
☆お金では動かない?
2002年のワールドカップ招致に関係のある会合に出ていたら、こんな発言があった。
「韓国が強力に運動をしているので、日本は厳しい状況だという話だが、向こうは、お金を持っていて、FIFAの理事に体当たりの攻勢をかける可能性もある。日本側は、どうするのか?」
まさか「こっちも円高にものをいわせて、FIFA理事のほっぺたを札束でひっぱたけ」というつもりではないだろうな――と、ハラハラしながら聞いていたら、同じ席にいた外国人の委員も、同じように感じたとみえて、やんわりとたしなめた。
「FIFAの理事は、みな、たいへんな、お金持ちばかりですよ。ちょっとくらいの、お金で買収されるとは思えませんね」
その通り――。
争いに負けると「敵は汚い手を使ったんだ」と言いがちなものである。1988年のオリンピック開催を名古屋とソウルが争ったときに、負けた日本側では、似たようなことを言っていた。
しかし、あのときは、施設などの条件で、ソウルの方が間違いなく上回っていた。それに、最後に大勢を決めたのは、実はヨーロッパの良識派の委員たちだった、という裏話を後になって聞いたことがある。
「ワールドカップを開催できるだけの準備をきちんとして、それを世界の人びとに知ってもらうことが大事だと思いますよ」
ぼくも一言、付け加えておいた。
☆まだ、情勢は日本有利?
その会合の翌々日に、ぼくはマレーシアに飛んだ。
アジア・サッカー連盟(AFC)の創立40周年を祝うディナーが、クアラルンプールのホテルで開かれることになっており「よかったら来ないか。ちょっと話したいこともあるから」とAFCのピーター・べラパン事務総長に招待されたからである。招待といっても往復の飛行機の代金はこっち持ちだ。その点は誤解のないように。
招待に応じたのは、集まってくるアジアの人たちから、いろいろな情報を集められるからでもある。
南アジアの国から来ていた友人の考えは、日本での会合で聞いた外国人の委員の発言と同じだった。
「FIFAの理事には、金や欲に動かされるような人物はいないよ。1人1人を説得して、日本の方が開催国としてよいことを納得してもらうしかないだろう。もちろんそのためには、いろいろアイディアをひねる必要はあるけれどね」
東南アジアの国の、ある役員は、こう言っていた。
「施設計画とか、経済力とか、社会環境とか、通信網だとか、警備だとか、どの点をとっても、日本の方がいいと思うね。ワールドカップが失敗したら、FIFAにとっては、おおごとだ。理事たちは、安全に大会を終わらせたいという気持が第一だから、少しでも不安定要因の少ない日本を選ぶと思うね」
投票できる理事21人のうち、韓国を支持しそうなのは2人くらいだろう、と推測していた。
☆敵は国内にあり?
いまのところは「日本有利」と、ぼくも思っているが、じゃ、安心かというと、そうはいかない。これから1年あまりの間に、韓国が「うちの経済力も施設も負けませんよ」と21人を説得するに違いないからだ。
日本の方で心配なのは、このところ国内で不協和音が聞こえ始めたことである。
「政府が協力的でない」という海外からの批判があったが、これは宮沢喜一元首相を会長に国会議員の招致連盟が結成され、関係省庁の連絡会議も開かれて、いい方向に動きだした。
ところが逆に、これまで熱心だった地方自治体に不安な動きがある。
名古屋では、計画中のドーム球場を会場に考えたところ、日本サッカー協会の首脳部から、こわもてで反対されたので、つむじを曲げているという。
それぞれ言い分はあるだろうが「いまごろ何を言い出すのか」という感じもする。
ある県では、新スタジアム建設計画に「県民の税金のむだ使いだ」と待ったをかける動きがあるという。
「ワールドカップの予選の3試合のためだけに大スタジアムを作る必要はない」という意見である。
ぼくの関係している新潟県では、2002年のあとに、県民のスポーツを、どう盛んにするか、施設をどのように活用しようか、といまから真剣に議論を始めている。
ものごとは、こういうふうに前向きに考えたい。なにか始めようとすると、すぐ足を引っ張るようでは進歩はない、とぼくは思っている。
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