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サッカーマガジン 1994年10月19日号

ビバ!サッカー

アジア大会の運営に学ぶ

 広島のアジア競技大会で、いろいろなスポーツの運営ぶりを見聞している。広島県サッカー協会が担当しているサッカーの準備も悪くはないが、他のスポーツのやり方や考え方にも学ぶところが多い。過去の失敗を生かし、創造力にあふれる運営をしているところを見習いたい。

☆不親切な案内書
 広島の第12回アジア競技大会のプレスセンターで、報道サービスを手伝っている。各国のジャーナリストの世話をするのが仕事である。
 長い間、スポーツ記者をしていた経歴があるから、アジア各国から来た記者たちのなかには、古い友人たちもいる。みな国際的な経験豊かなスポーツ・ジャーナリストである。 
 このアジアの友人たちの大会への評価は、あまり高くない。運営を手伝っている立場としては、はなはだ残念である。
 「広島の町の人たちは親切だね。それに施設は立派だ」
 裏返して真実を語らせれば「町の人は親切だが、大会の役員は官僚的だ。施設は立派だが運営はひどいものだ」ということだ。 
 古い韓国の友人は、しゃれたカラーの表紙の「メディアガイド」をめくりながらこういった。 
 「プレスセンターがどこにあるのか探そうと思ったけど、この本じゃ分からないね」
  「メディアガイド」は、大会組織委員会が、報道陣への案内書として作って配布した小さな本である。
 プレスセンターという項目のページはあるが、そこには、広島県立産業会館などを使用して設置する、と書いてあるだけで、住所も書いてないし、地図もない。
 ジャーナリストは、大会当局の配布したガイドブックを、後生大事に携帯して歩く。そのなかに、もっとも必要な情報が書いてないのは、どういうわけだろうか。これは、ひどい不親切ではないか。

☆想像力と創造力
 ジャーナリストにとって、真っ先に必要な情報が、ジャーナリストのための案内書にない――そんなバカなことが、なぜ起きるのか。
 思うに、これは案内書を編集した人に、想像力が欠けているからではないだろうか。外国から来たジャーナリストが、広島に着いたときに、どう行動するだろうか、そのためには、どんな情報が必要だろうか、というようなことを想像できなかったのだろうと思う。
 「想像力だけじゃなくて、創造力も欠けていたんだよ」 
 と、大会準備の初期のころから、組織委員会と交渉をもっていた友人が教えてくれた。 
 「なにしろ30年前の東京オリンピックのときの前例からスタートしたんだからね」 
 過去の国際大会の前例を調べるのは「それはそれで悪くない」と、ぼくは思う。過去の大会のやり方で、まずかったところは、繰り返さないように注意し、良かったところを参考にすればいいからである。 
 しかし、えてして、過去の報告書は、悪かったことも大成功だったように書くものである。だから過去を前例として使うのは、進歩がないだけでなく、かえって弊害がある。 
 「過去の経験は大事だよ。だけどひととおり勉強したら、きれいさっぱりと忘れて、まず自分の頭で、まったく新しくアイデアを考えて、それを検討することからスタートするのがいいんだよ」 
 それが創造力というものである。

☆サッカーの運営は?
 アジア競技大会のプレスセンターで、ぼくは、いろいろなスポーツの相談にのっているので、サッカーだけを担当しているわけではない。すべてのスポーツを公平に扱わなければならないのが建前である。しかしサッカーの運営ぶりは、やっぱり気になる。
 概していえば、サッカーの運営は悪くない。日本でも毎年のように、いろいろな国際大会を開いているし、ワールドカップなど海外の国際大会を見てきた人も多い。そういう経験が役に立っている。
 準備をチェックしている段階で、運営に危なげがないと思ったのは、サッカーのほかでは、バレーボール、レスリング、水泳などだった。いずれも、国際的な経験を、たくさん積んできている競技団体である。
 そういう点では、過去の経験は悪くない。 
 ただし、ここで生かされている経験は、いいことづくめの報告書から学んだものではなく、自ら体験した苦い失敗に学んだものである。「失敗は成功の母」である。
 レスリングでは、ロシア語や中国語の通訳を、組織委員会の派遣するボランティアに頼らないで、自分たちで集めていた。前の年のリハーサルのとき、言葉の障害で痛い目にあったからだという。
 「役所をあてには出来ないよ。レスリングのことは、おれたちが、いちばん知っているんだから」という自信と気概が感じられた。
 サッカーも、そういう気概で2002年をめざして欲しいと思った。


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