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サッカーマガジン 1994年9月14日号

ビバ!サッカー

カズのイタリア行きと日本代表

 カズがイタリアへ行った。広島アジア大会が近付いている。日本代表チームを預かったファルカン監督は頭が痛いだろう。代表チームとクラブとプレーヤー。この三者の権利と義務の関係は、欧州や南米のサッカー界では、かねてから頭の痛い問題になっている。

☆広島アジア大会は?
 カズこと三浦知良が、イタリアのジェノバに行って帰ってこない。
 10月の広島アジア大会には日本代表に加わるんだろうと思うが、ファルカン監督としては、なるべく早く戻って準備のためのキャンプに参加してもらいたいだろうと思う。
 はじめから戻って来ないことが分かっていれば、仕方がない。それなりのチーム作りをするほかはない。
 しかし、直前に戻ってくるのでは、カズを想定したチーム作りを、カズ抜きでやらなければならないから、やりにくいに違いない。
 「南米の代表チームだったら、ヨーロッパに行っているスター・プレーヤーが、試合の直前に戻ってきて加わるなんてことは、よくあるんじゃないか。カズだって、それでいいじゃないか」
 カズびいきの友人が、口をとがらせたが、残念ながら、日本のサッカーと、アルゼンチンやブラジルのサッカーでは次元が違う。
 あちらのプレーヤーは、ヨーロッパから帰ってきた仲間が、いきなり加わっても、それに合わせてプレーできるだけの力量を持っている。帰ってきたスター・プレーヤーも、すぐチームに溶け込むことができる。
 南米のサッカーは、個人の戦術的判断のひらめきに周囲のプレーヤーが呼応して、チームプレーが成り立っている。日本のプレーヤーは、そうはいかないので、チームのスタイルを固めるのに時間がかかる。カズ抜きでアジア大会のためのチーム作りをするのは不安である。

☆強化委員のジェノバ行き
 「やっぱり、カズには早めに帰ってもらいたい」というので、日本サッカー協会の田島幸三強化委員が、8月下旬に、あわててジェノバに飛んだ。ジェノバのクラブに「カズを早めに一時帰国させてくれ」と頼むんだという。
 「なにを、いまごろ」と思う。
 10月に広島でアジア大会があるのは、ずっと前から分かっていたことである。カズがイタリアに行くのも、5月ごろから、新聞でずいぶん話題になっていたことである。
 事前に対策を講じる時間は、たっぷりあったはずである。
 対策としては、三つ考えられる。
 第一は、カズがイタリアに行くのを日本サッカー協会が認めないことである。しかし、行きたいものを無理に引き止めるのは無理だろう。
 第二には、行く前に「アジア大会の何週間前には帰国すること」という条件を付けて認めることである。こういう条件がつくとジェノアとカズの交渉が難航したかもしれない。しかし、どうしてもカズが必要なのであれば、協会としては、これくらいの権力を振るうのは仕方がない。
 第三には、カズは日本代表には必要ないと覚悟を決めることである。ファルカン監督にとっては、納得のいかない話だろうし、カズ抜きで負けてもファルカン監督の責任とはいえない。その場合の責任は、強化委員会にある。
 いずれにしても、今ごろになって田島強化委員がジェノバまで行って交渉するのは遅すぎる。

☆カズの心意気を買うが 
 「じゃ、お前はカズがイタリアに行くのは反対だったんだな」
 と、カズびいきの友人が、ぼくを非難した。 
 そうじゃない。 
 世界でもっともレベルが高いといわれるイタリア・リーグで「腕試しをしたい」というカズの意気込みはすばらしい。 
 イタリア出身で腕っこきのエージェントが間にたって稼いでいるとか、ジェノアのユニホームの胸についているスポンサーが大金を出したから契約が成り立ったんだとか、いろいろな噂が書かれているが、それぞれのビジネスなんだから「それもいい」と思う。 
 カズは、イタリア・リーグに行くことによってリスクも冒している。 
 外人枠のなかで、公式戦になれば出場の機会が得られなくなるかもしれない。激しいタックルにあってケガをするかもしれない。
 いずれにしても、期待どおりの活躍ができなければ、日本で築いた名声を傷つけるおそれがある。そういうリスクを冒して、カズはセリエAに挑戦したわけである。 
 その心意気を壮とするから、ぼくは、カズがイタリアで頑張るのを応援したい。 
 しかし、日本サッカー協会は、日本代表チームを強化するために最善を尽くす義務がある。カズのイタリア行きについて、もっと早くから対策を講じ、態度をはっきりさせておくべきだったと思う。
 だから、いまごろジェノバ詣でをしたのは醜態だと思うわけである。


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