観客数の新記録を更新しながら、ワールドカップUSAは、予想をはるかに上回る熱狂のうちに終盤戦に入った。そのなかでの痛恨事は、マラドーナのドーピング問題だ。サッカーの歴史に残る数かずのできごとが、このニュースのかげに隠れてしまわないように祈りたい。
マラドーナ処罰は寛大に!
麻薬所持とドーピングを同列に論ずるのは不適当だ!
マラドーナがドーピング検査にひっかかってワールドカップから姿を消したのは、実に残念だった。
マラドーナ自身にとって悲しいことだったし、優勝をめざして調子をあげかけていたアルゼンチン代表チームには致命的な結果になった。
ワールドカップUSAも、熱気に水をさされた形になった。今回の大会は、サッカーがそれほど人気がないと思われていたアメリカ合衆国で、大衆がすばらしい盛り上がりを見せたことに、もっとも大きな意義があったと思う。その大会が「マラドーナがドーピングをした大会」として記憶されるようなことが、ないようにと願っている。
ニュースが流れるとすぐ、日本の新聞には「マラドーナ入国拒否は、やっぱり正しかった?」という論評が載ったらしい。
ぼくの考えでは、この論評は、いささか性急に過ぎる。
マラドーナは、麻薬所持の前歴が問題になって、5月のキリンカップのとき日本への入国のビザがもらえなかった。そのためにアルゼンチン代表チームは、キリンカップに参加しなかった。
だが、これと今回のワールドカップでのドーピング違反とを同じように扱うのは適当でない。
麻薬の所持、使用は社会的な、また世界的な犯罪である。しかし、今回のドーピング禁止規則違反は、スポーツ界内部の規則に触れたもので犯罪ではない。社会的な犯罪と内部の約束事の違反を、同じように論ずることはできない。
今回の薬物使用は、おそらくマラドーナ自身は知らないで行なわれたのだろうと推測できる。スポーツの大会の時に使ってはいけない薬があり、それをチェックする検査があることは、マラドーナも十分知っていたはずである。検査があることを知っているのに、わざわざ禁止薬物を使うプレーヤーはいないだろう。
アルゼンチン・チームのドクターは、もちろん十分な知識を持っている。だからマラドーナが、チーム・ドクターから、たとえ風邪薬であっても、禁止薬物の入った薬をもらう可能性はない。
いちばん考えられるのは、マラドーナの個人的なドクター、あるいはトレーナーが処方した場合だ。マラドーナのような有名選手は、個人のトレーナーやドクターを雇っている。その中に、ドーピングとその検査の仕方について十分な知識のない人物がいる可能性はある。
また、そういう立場の人たちは、雇い主を試合に出られるように仕立てあげなければ、給料がもらえないから、ひょっとしたら検査をまぬがれるのではないか、という幸運を頼んで無理をすることも考えられる。その場合でも、マラドーナ本人が、それを知っていたとは考えにくい。
というわけで、その後のワールドカップの試合に出場停止になったのは、止むを得ないけれども、世界のサッカーからの永久追放のような苛酷な処罰をするのは適当でないと思う。ただ年齢的に再起を期待するのが難しいのは残念である。
謎のエフェドリン?
マラドーナは、なぜ禁止されている薬を使ったのか?
マラドーナの尿から検出された禁止薬物は、エフェドリンだった。
エフェドリンは、咳止めの薬としては、ごくありふれたもので、日本でも治療のためには、よく使われている。それが禁止薬物に指定されているのは、興奮作用があって、試合中の活動力を高めるために使われる可能性があるからである。
20年以上前、1972年のミュンヘン・オリンピックのとき、水泳の男子中距離で1位になったアメリカのリック・デモンが、ドーピング検査に引っ掛かって金メダルを返すことになった事件があった。
このときデモンの尿から検出されたのがエフェドリンだった。
デモンは、子どものときから喘息(ぜんそく)の持病を持っていて、発作を止めるために咳止めの薬をいつも使っていた。その成分のなかにエフェドリンが含まれていたのだった。
この当時は、オリンピックでのドーピング検査は始まったばかりで、デモンが禁止薬物について十分な知識を持っていなかったのも無理はなかった。そのため、いつも使っている咳止めを不用意に飲んだのだろうと思われた。
現在では、オリンピックに参加する前に、その国のオリンピック委員会が選手たちにドーピングについての教育をする。そして、風邪薬であっても不用意には飲まないよう指導する。大会についていくチーム・ドクターも、細心の注意をして選手の健康管理をする。したがってリック・デモンのようなケースが起きる可能性は、ほとんどない。
にもかかわらず、なぜマラドーナがエフェドリンを服用したのか。これが不思議である。
最初の報道のなかに、鼻の調子が悪いので点鼻薬を使ったら、そのなかにエフェドリンが含まれていた、という説明があった。
しかし、その後、国際サッカー連盟(FIFA)のドクターが「5種類のエフェドリンが検出された」と発表したので、その可能性はなくなった。5種類のエフェドリンを含むような薬はないということである。
「体重を落とすために使った」という説明もあった。太めのマラドーナが、みごとにシェイプアップして大会に登場したのを見ると「そうかな」とも思う。
エフェドリンは、食欲を抑制するので減量剤として使われることがある。これは肥満治療の本などにも出ている。
しかし、マラドーナの場合、厳しい練習をしながら減量したので、栄養を十分とらなくてはならなかったはずである。食欲を抑えてダイエットするはずはないと思う。
食欲を抑え、こまかく管理した栄養を点滴などで補給するという方法もある。
しかし、大会前に準備期間は十分あったのだから、そんな面倒で弊害の多い方法をとる必要はなかったのではないか。
マラドーナがなんのために、またどんな方法でエフェドリンを服用したのか、それが、よく分からない。
ベスト8が揃って…
アジア、アフリカの新勢力も、あと一歩だったが…
決勝トーナメント1回戦で、アルゼンチンはルーマニアに敗れた。マラドーナのいないアルゼンチンは、もはや優勝候補ではない。「ただの南米のチーム」である。
ベスト8の段階では、南米代表はブラジルだけになった。あとの7チームは全部、欧州勢である。
ニュートラルの会場で欧州対南米の豪華対決が期待されていたのに、こういう結果になったのは、やっぱりマラドーナのせいである。これもまったく残念だった。
もうひとつ、期待はずれだったのはコロンビアだ。グループリーグA組でルーマニアと米国に敗れて、早ばやと姿を消してしまった。ボールをキープして攻めるタイプだが、ボール扱いの正確さやゴール前での判断のはやさで、ブラジルとは格段の差がある。守りも荒っぽかった。始まる前に期待したのが、間違いだったのかもしれない。
欧州勢のほうは、ドイツ、イタリア、オランダ、スペインと、期待されていた有力候補が、結局は準々決勝に進出した。
「グループリーグは調整期間なんだ。これからが勝負だ」と話していた欧州の選手がいたが、これは本音だろう。大会前半に、新勢力の地域のチームに苦戦しているのを見ると「調整にしては、たいへんそうじやないか」といいたくなるが、優勝を狙うチームは、前半戦で苦しみながらも、後半に焦点を合わせて調整している。いつもながらの「ワールドカップの戦い方」である。
このようにして、これまでの大会と同じように、新勢力は「善戦」どまりの結果にはなった。
しかし、それでも、試合ぶりの内容を見ると、新勢力の力が急速に欧州・南米勢に接近しつつあることが分かる。今度の大会では、結果には出なかったが、ワールドカップUSAは「アジア、アフリカなどの新勢力が世界のトップに肩を並べはじめた大会」として記憶されるかもしれない。
その中でも、アフリカ・チャンピオンのナイジェリアは別格だった。
決勝トーナメント1回戦で、イタリアを倒す寸前にまでいった試合は、アフリカのサッカーの歴史の1ページを、大きく飾るものである。
ナイジェリアは、前半26分にあげた1ゴールを守り切ろうとして頑張ったが、残り2分に同点にされ延長戦のPKで涙を飲んだ。
守りで不利な態勢で競り合いながら、すばやく、柔らかく足が出て、しのいでしまう運動能力はすばらしい。この運動能力と巧みなボール扱いの技術があり、攻めもいいのだから、リードしたあと、追加点を狙って積極的に攻めに出たほうがよかったのではないかと、ぼくは思う。
サウジアラビアのオワイランが、グループリーグの最終戦で見せた5人抜きの独走ドリブルのゴールも見事だった。これも歴史に残るものだろう。
アジアもアフリカも、世界のトップまで「あと一歩」である。
ただしその一歩が非常に難しいだろうとは思うのだが…。
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