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サッカーマガジン 1994年7月20日号

ビバ!サッカー World Cup USA94

マラドーナ、いったい何故?

 グループリーグを終わって、ワールドカップ94は、いよいよ強豪チームの激突だ。実力と運に恵まれたブラジルに有利な展開。サッカーの未開発国といわれたアメリカでも、これまでの大会と変わらない人気が盛り上がり、テレビの視聴率も好調である。

ああ! マラドーナ!
アルゼンチンを、よみがえらせたことは確かだったが

 ニューヨークからボストンへ30分おきに飛んでいるシャトル便のジェット機が、青と白の縦じまのシャツであふれていた。6月25日、ボストン郊外のフォックスボロで、アルゼンチン対ナイジェリアの試合がある日である。「みんなマラドーナを見に行くんだな」と、思った。
 グループリーグの中盤で、これは見逃せない試合だった。マラドーナの復活が本物かどうか。アフリカのチャンピオンを相手に、それが試されるだろうと考えたからである。
 アルゼンチンは、第1戦を4−0で勝っている。バティステュータがハットトリックを演じ、マラドーナもゴールをあげた。
 しかし、このときの相手は、ちょっと格下のギリシャだった。
 第2戦のナイジェリアは、侮れない。すばらしい資質とテクニックのあるプレーヤーを揃えていて、この大会で旋風を巻き起こす可能性を秘めた新勢力の代表である。このチームを相手に、マラドーナの活躍を見たいものだと考えた。
 ところが、試合内容は、期待はずれだった。
 ナイジェリアが前半8分に先取点をあげて、「これは面白くなるぞ」と思ったのだが、そのあとナイジェジアは守りを焦ったのか、極端にファウルが多くなり、アルゼンチンは、20分たたないうちに、そのフリーキックから2点をあげて逆転してしまった。後半はナイジェリアの動きが悪くなり、アルゼンチンも力を温存しようとしているようなプレーぶりで迫力がなかった。
 マラドーナはどうだったか?
 マラドーナの代表復帰で、アルゼンチンがよみがえったことは確かである。
 南米予選でコロンビアに0−5で敗れ、オーストラリアとのプレーオフで、やっと出場権を得たチームが、ここでは再び優勝候補らしいチームになっている。
 少なくとも中盤はマラドーナによって動かされていた。 
 マラドーナが触ると、ボールが生き生きとしてくる。パスを受ける周りのプレーヤーの動きにも活気が出てくる。マラドーナのボールタッチの巧みさ、周りを見る目の確かさ、アイデアの鋭さは、疑いもなく、いまでも世界一である。 
 しかし、ナイジェリアとの試合に関するかぎりは「それだけ」だった。得点につながった2つのフリーキックには、ともにマラドーナが絡んでいたが、南米のトップレベルのチームにとっては、別にどうってことのない策略が、経験不足のナイジェリアのスキをついただけである。 
 1986年のメキシコ大会で見せた、あの豪快なドリブルや、1990年のイタリアで見せたトリッキーな足技による突破は、この試合では見られなかった。 
 あの個人の力強さが出てくれば、アルゼンチンも優勝候補なんだが…と思っていたら、4日後、マラドーナが薬物検査でひっかかったというニュースが流れた。暗い霧がいつも周辺にただようのは、いったいなぜなんだろうか。

驚異的なテレビ視聴率!
アメリカの人びとは、応援すべき国を2つ持っている

 ワールドカップが、アメリカの社会に、かなりのインパクトを与えていることは明らかだ。それはテレビの視聴率に表れている。
 6月18日の米国対スイスの試合のABCテレビの視聴率は5.8で、この週に行なわれたゴルフの全米オープンの5.0を上回った。
 新聞でこれを読んだときには、ちょっと、びっくりした。
 ゴルフは、アメリカでは、かなり人気のあるスポーツで、しかも全米オープンは、もっとも重要なタイトルの一つだからである。
 アメリカの決勝トーナメント進出がかかっていた6月27日のルーマニアとの試合は7.8で、CBSテレビが放映した全米大学バスケットボールの6.6をしのいだ。大学バスケットボールは、アメリカではプロ以上の人気スポーツである。米大リーグ野球のCBSのシーズン平均視聴率は4.0だから、これに比べても、ワールドカップの視聴率は、かなり高い。 
 サッカーが、主要スポーツを総なめにする視聴率をあげるなんて、この国では、これまでは想像もできないことだった。だから、この数字はスポーツの話題というよりも、社会的な話題だった。
 アメリカ代表以外の試合の視聴率はどうか。
 他の試合は、主として、スポーツ専門チャンネルのESPNが中継し、最初の9日間に生中継した11試合の平均視聴率は2.3だった。ESPNの大リーグ野球中継の平均は1.8である。外国同士のサッカーが、ナショナル・スポーツであるプロ野球をしのいだのだから、これもニュースである。 
 スタジアムは、どの試合も、ほとんど満員が続いている。サッカーの本場といわれる欧州や南米でも、グループリーグの段階では空席の目立つ試合があったのに、サッカー後進国といわれていたアメリカで、観客数の新記録が生まれようとしている。
 「エスニックの祭典」は続いている。アルゼンチンの試合では、ブエノスアイレスのリバープレート競技場のような紙吹雪がまき散らされた。スペインの試合では、闘牛士の衣装のような、きらびやかな飾りのついた服装のグループが「オーレ」を合唱していた。 
 よく観察してみると、本国から来た応援団もいるが、多くはアメリカ人である。シカゴのホテルの食堂で隣り合わせた2人の若者は「エスパーニャ」と書いた帽子とシャツを身につけていたが、ニューヨークなまりの英語で話していた。 
 要するにアメリカ人は、応援すべき国を2つ持っているわけである。 
 一つは、それぞれの「おじいさん、おばあさん」の国であり、もう一つは自分が生まれた「アメリカ合衆国」である。 
 それが、テレビの視聴率にも表れている。 
 アメリカ代表チームのレベルも、4年前とは見違えるようだった。 
 アメリカのサッカーは、明らかに変わりつつある。

ブラジル有利の展開に 
ドイツは暑さに、イタリアはけがに苦しんだのが痛い

 強烈な暑さの中で開幕したワールドカップ94は、10日くらいの間に、風向きが多少、変わってきた。
 6月26日にボリビア対スペインの試合が行なわれた日のシカゴは、直射日光は厳しかったが、ソルジャー・フィールドには涼しいそよ風も吹いていた。
 記者席のテレビには、同じ時刻にダラスで行なわれているドイツ対韓国の試合が映っていた。ドイツは、暑い盛りにシカゴで2試合をしたあと、ダラスに移動したのである。
 前半にドイツが3対0とリードした。「ああ、やっぱり」とアジアのサッカーの限界を感じていたら、後半になって様子が違ってきた。ドイツの動きが極端に落ち、韓国が猛烈に追い上げて1点差まで迫った。
 あとで聞いたら、この日のダラスは40度の猛暑だったという。その中で見せた韓国の粘りと闘志は驚異的だが、ドイツの運動量が落ちたのも「暑さのせいだったか」と納得がいった。
 韓国とドイツは立場が違う。韓国は最後の血と汗を振り絞ってでも、なんとか1勝を記録したいところだが、ドイツは連続優勝をめざして力を温存しなくてはならない。そこに戦い方の違いが出たのではないか。
 ドイツのフォクツ監督は、1点差に追い上げられた直後に、守りの要のマテウスを引っ込めた。そのために守備陣が乱れて韓国の猛反撃を受けたが、マテウスに大事をとらせたのは、大会後半のことを考えてのことかもしれない。優勝を狙うチームは、目先の勝負よりも、決勝戦までを見通して動くものである。
 イタリアのサッキ監督は、6月23日のノルウェー戦で、ゴールキーパーがレッドカードで退場になると、ロベルト・バッジオを引っ込めて代わりのゴールキーパーを出すという「大ばくち」を打った。
 イタリアは、第1戦でアイルランドに負けているので、この試合は負けられないところだったが、それでもエースを引っ込めた。バッジオは不満そうだったと新聞には出ていたが、実はアキレスけん(腱)を痛めているので大事をとらせたらしい。
 この試合に勝っても、今後の試合でバッジオを使えなければ優勝は狙えない。だから、10人で戦う羽目になったこの試合では、調子の出ないバッジオを温存して次に賭けたのである。
 この試合は幸いに1−0で勝ったが、次のメキシコ戦は引き分けで、サッキ監督の狙い通りにはならなかった。しかし激戦のグループで3位ながら生き残って決勝トーナメントに進出した。
 グループリーグが終わってみると、結局は優勝候補といわれていたチームは、みな曲がりなりにもベスト16に進出している。これからが、強豪同士の死力を尽くしての戦いの始まりである。
 その中で、ドイツは暑さの中を転戦した疲れが影響しそうだし、イタリアは主力の故障者が多い。ブラジルは、グループリーグで気候にも恵まれ、断然いい試合を続けてきた。ブラジル有利の展開である。


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