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サッカーマガジン 1994年7月6日号

ビバ!サッカー

サンフレッチェ優勝の意味

 米国のワールドカップ94が、世界の注目を集めている最中ではあるが、あえてJリーグ前期の総括を取り上げる。なぜなら、サンフレッチェの優勝は、日本サッカーの重要な里程標だからである。意義ある出来事を歴史に書き残すのは「ビバ!サッカー」の輝かしい伝統である。

☆バクスターのあいさつ
 「どうもありがとう。優勝はまだです。私たちはがんばります。私はサンフレッチェのファンが大好きです」
 優勝へ「あと1」とした試合のあと、サンフレッチェのバクスター監督は、スタンドに向かって、たどたどしいが、はっきりした日本語で、あいさつをした。6月8日の広島スタジアムである。
 なぜ、この時点で、あいさつをしたかというと、残る2試合は磐田と名古屋への遠征なので、優勝が決まるときには、地元のファンヘお礼をいうことが出来ないからである。 
 実に心憎い演出だったと思う。 
 茶色の口ひげをたくわえたバクスター監督の親しみのある笑顔と、明らかに「特訓」を受けたに違いない40秒間の日本語が、サンフレッチェと広島のサッカーの良さを、ブラウン管を通じて全国のファンにPRした。 
 このあいさつは、バクスター監督自身の申し出によるものだったという話だ。 
 「心憎い」と感じた理由は、この演出が日本人の心にジーンとくるものをもっていたことである。 
 Jリーグには、ほかにも外国からコーチや監督が来ている。みな、それぞれに、すぐれた人材には違いない。しかし「本場」から来たという自負もあって、自分たちのサッカー哲学を、日本人に押しつけようとする傾向があるように思う。 
 バクスター監督には、それがなかった。自分の信じるサッカーを、日本人の心に沿って展開した。それが優勝につながったのではないか。

☆オフトとバルコムの予想
 サントリー・シリーズについての開幕前のぼくの予想は、大はずれだった。 
 ぼくの予想は、エスパルスの優勝だった。戦力が強化されたので、レオン監督のもとで、ブラジルのサッカーのよさが、日本の風土に合わせて花開くことを期待したのである。 
 ぼくの予想の、もう一つのポイントは「ヴェルディは苦戦」だった。ラモスを軸にしたサッカーでは、もうもたないし、ラモスは途中で消えるだろうと思ったからである。 
 エスパルスは、サンフレッチェと優勝を争ったし、ヴェルディの苦戦も、その通りになった。その点では、ぼくの予想も「大はずれ」というほどではないかもしれないが、優勝するチームを、まったく視野に入れていなかったのは大失敗である。 
 実は「バクスターはいいよ。広島は優勝候補だよ」と前に教えてくれていた人が2人いた。ひとりは前の日本代表チーム監督のハンス・オフトであり、もうひとりは、ヴェルディのヘッドコーチだったファン・バルコムである。 
 どちらもオランダ人だから、この2人の意見は「同じヨーロッパのサッカーヘの身びいきだろう」と思って、ぼくは聞き流していた。 
 これが大失敗の原因だった。 
 オフトとバルコムは、ヨーロッパのサッカーの良さと優位を信じていただけでなく、バクスター監督が、それを広島で実現しつつあることを、知っていたのだった。それを無視したのが、ぼくの大失敗だった。

☆欧州か、ブラジルか!
 1年目のJリーグでは、ブラジル系のサッカーが上位を占めた。前期優勝のアントラーズは、ジーコの影響力でチームを作り、アルシンドがスターになって活躍した。後期優勝のヴェルディも、松木監督は日本人だが、ラモスとカズを中心にした攻めはブラジル系である。エスパルスもブラジル人の監督だ。 
 ブラジルのサッカーは、個人の足技が基礎になっている。自由自在にボールを操り、敵をかわす。 
 そういう能力のすぐれたプレーヤーを集めてチームを構成する。
 チームをまとめ、攻守を組み立てるのも、個人個人の頭脳のひらめきに頼る部分が大きい。それがブラジルのサッカーの良さであり、魅力である。 
 ヨーロッパ系のサッカーでも、個人の技術や戦術能力は基本である。 
 しかし、ドリブルよりもパスを、それもダイレクトパスを多く使ってチームとして攻めを組み立てることを大事にする。また激しいタックルと組織的な守りを特徴にしている。
 ぼくは、ブラジルのサッカーが好きだし、とくに日本の子どもたちには、ブラジルのテクニックと頭脳のひらめきの面白さを知ってほしいと思っている。
  しかし、おとなのチーム作りの段階では、ヨーロッパのサッカーの良さを見直して、そのうえで日本人のサッカーを作り出す必要がある。 
 バクスター監督は、その方向の一つを見せてくれたのではないか。その点で、サンフレッチェの優勝は、重要な里程標になるのではないか。


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