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サッカーマガジン 1994年5月25日号

ビバ!サッカー

ファルカンは、どのように育ったか

 Jリーグ・ブームに浮かれていないで、日本のサッカーを地方の底辺から、しっかり育てていくために、子どもたちのレベルから考え直していきたい。前号では少年の全国大会が必要かどうかを考えたが、今回は、その一つ上の中学生の年代を取り上げてみよう。

☆クラブで11歳から
 日本代表チームのファルカン監督に話を聞く機会があった。ブラジル代表のプレーヤーだったころのファルカンは、史上最高のミッドフィールダーのひとりだったと、ぼくは信じている。 
 そこで聞いてみた。
 「あなたのような、すばらしいプレーヤーが、どうしたら生まれるのかを知りたいね」 
 ファルカン監督は答えた。
 「やっぱり練習だと思うよ」 
 「いくつくらいから始めたの」 
 「11歳のときだ」 
 「ブラジルの男の子は生まれたらすぐ、ボールをけると聞いていたけど……」
 「クラブに入って練習を始めたのが11歳なんだ」
 ファルカン監督はブラジルの男の子だから、物心ついたころからボールをけって遊んでいたに違いない。しかし、小学生のころには遊びのサッカーをしていただけで、小学校6年生くらいになって、はじめて本格的に練習を始めたわけである。 
 ファルカン監督は付け加えた。 
 「クラブでやるのが重要なんだ。クラブにはプロの選手たちがいる。スタープレーヤーが更衣室でマッサージを受けているのを目のあたりに見るだけでも刺激になるんだ。もう少し年長になって強くなれば、プロの選手といっしょにボールをけるチャンスもあるしね」 
 プロの世界は厳しい。熱心に練習しなければ生き残れない。それを見て、11歳の少年も熱心に練習したのだろうと思った。

☆国情は違うが……
 日本では、近ごろは9歳ぐらい、小学校4年生のころから、本格的にサッカーをやっているようだ。学年別に選抜チームを作ったり、学年別の大会を開いたりしている地方もある。
 長い目で見て、これがいいことかどうかには疑問がある。ブラジルのように、子どものころには遊びでいいんじゃないか、という気もする。 
 とはいえ、国情の違いは考えなければならない。
 ブラジルでは、子どもたちは放っておいても、町なかでボールを追っ掛けて遊ぶけれども、日本では、おとなの指導者が、子どもたちのために場所を探してやり、ボールのけり方を教えてやらなければ、サッカーが普及しないかもしれない。 
 もっとも、サッカーのやり方は、Jリーグのテレビ中継のおかげで、教えなくても子どもたちが見よう見まねで、勝手にやるようになりつつある。これは、この前に書いた通りである。だが場所探しの方は、東京や京阪神の大都市では、なかなかたいへんで、子どもたちの手には負えない。 
 ともあれ、小学生を熱心に教えたり、鍛えたりするのは害が多くて益が少ないと思う。
  小学生の年代は、まだ伸び盛りで、骨は固まっていないし、筋肉もやわである。だから激しすぎる訓練は身体の成長の妨げになる。
 一方、頭のなかでは、脳がどんどん新しいことを覚えていく。だから見よう見まねで、プレーを身につけるわけである。

☆中学校の問題点
 小学生の段階では、日本の指導者は、ちょっと熱心すぎるきらいはあるけれども、普及の面では大きな成果を上げてきた。これはJリーグ・ブームの一つの基礎になっている。 
 次の問題は、その一つ上だ。
 つまり、ファルカンがクラブに入ったのと同じ年代で、日本の少年たちは、どうしているだろうか、ということである。
 少年たちは12歳で中学校に進む。ブラジルと違って、クラブに入るのではなく、ふつうは中学校のサッカー部に入る。
 この時点で、サッカーをやめてしまう少年たちがかなりいる。中学校にサッカー部がなかったり、いい指導者がいなかったり、高校受験の準備をしなければならなかったり、理由はさまざまだが、これは日本のサッカーの大きな問題点である。 
 しかし、かりに中学校にサッカー部があり、熱心な先生がおり、少年がサッカーを続けたとしても、やはり問題がある。 
 それは、ファルカンが入ったクラブと違って、中学校のサッカー部には、身近に、すぐれた、おとなのプレーヤーがいないことである。 
 ファルカンはプロのスターたちを身近に見ながら「おとなになったらプロのスターになりたいな」と夢見て、熱心に練習した。 
 日本の中学生は、せいぜいで、1歳か2歳上の上級生と一緒に練習する。目標は中学校大会である。 
 中学生もまだ、まだ伸び盛り。小さな目標のために心身をすり減らすのはよくないと思うのだが……。


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